■期待を集めていたアジアに変調
アジア経済に変調が生じている。米国が量的緩和策第3弾(QE3、2012年9月~)を開始した直後の2012年10月にIMFが発表した2013年の実質GDP成長率では、中国が+8.2%、インドが+6.0%、ASEAN5が+5.8%と、2012年の成長率を揃って上回る見通しであった。一方、この7月に発表された2013年の成長率では、中国が+7.8%(2012年実績+7.8%)、インドが+5.6%(同+3.2%)、ASEAN5が+5.6%(同+6.1%)と、中国とASEAN5が2012年の成長率を下回る弱気の見通しとなった(図表1)。市場では、中国は+7.5%前後、インドは+5%程度とみられており、先行き懸念が強まる一方だ。
そもそもアジア経済は、世界経済がリーマンショックから持ち直していく過程で、久しく下支え役を期待されていた。当初期待を集めたのは中国である。2008年11月に中国政府が打ち出した「4兆元の経済対策」は、2010年にGDPの日中逆転をもたらし、強さを際立たせたからである。他方、ここ1、2年期待を集めたのはASEANであった。コスト上昇や各種構造問題を背景に中国の2桁成長神話が萎んでゆく傍ら、コストが低いベトナムやカンボジア、内需が活発なインドネシアやフィリピンなどを抱えるASEANの潜在性に注目が集まったからである。そして、米国のQE3と日本のアベノミクスによって世界の金融緩和が一段と進んだ2012年秋以降、国際マネーがアジア全体に流入すると、日本円を除くアジア通貨が上昇。アジア通貨高は、輸出の懸念材料となったものの、インフレ圧力を緩和し、流入した国際マネーが株価や不動産価格を押し上げたため、内需を中心とした経済拡大が期待されるようになっていった。
■アジアの変調をもたらした「米中の出口戦略」への動き
こうした経済拡大への期待は5月22日を境に急に不確かなものにかわった。理由は2つ。まず、世界の経済拡大を後押ししていた米国の金融政策に変更の予兆が出てきたことである。ここ数カ月で、上下両院合同経済委員会での証言で、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が量的緩和策縮小(資産買取限度額の縮小)の可能性を示唆すると、2012年秋以降急拡大していた米国の対外証券投資にブレーキがかかった。アジアでは、国際マネーが流出に転じ、為替、株価、債券のトリプル安が起きた。為替の下落は輸出の支援材料となるものの、インドネシアなど一部の国ではインフレ圧力となり、意図せざる金融引き締めを余儀なくされる事態となった。
もう1つは、中国の在庫調整の長期化、景気再減速である。中国の実質GDP成長率は、2012年前半に打ち出された公共投資の前倒しなどにより、2012年後半、緩やかながらも加速に転じていた。2013年については、公共投資の執行増加に加えて、企業収益の底打ちにより、設備投資の減速ペースが緩和する、また、景気加速を見越した不動産販売の増加により、不動産投資の勢いが増すとの期待が高まったため、年初、地方政府や企業による資金調達、建設資材の調達が活発となった。習近平政権が発足したばかりであり、新政権への期待感も、こうした期待を助長した。しかし、実際には、中央政府が構造改革重視(李克強首相の名前をもじって「リコノミクス」と呼ばれている。構造改革を中心とした中国流の出口政策である)の姿勢を強め、過剰投資や不動産投機に対する警戒を顕にしたため、投資は期待ほどには盛り上がらず、景気は再度減速した。「影の銀行(シャドーバンキング)」と呼ばれるリスクの高い金融の問題も減速を促した。
この2つの動きは、米中が同時に出口政策に向かい始めているということである。両国が出口政策に向かっていても、景気が磐石であれば、アジアから国際マネーが流出するインパクトは緩和できたかもしれない。しかし、実際には中国の景気が再度減速してしまった。このことが、中米への経済的依存度の高いアジアにとって大きくマイナスに働いたと考えられる。
■資本流出によって「アジアの多様性」が再度顕わに
5月22日以前、アジア経済は、中国を中心とする北東アジアと、それ以外の東南・南アジアの2つに分けて語られることが多かった。「CHINA+1」、「ASEANブーム」は、誤解を恐れずにいえば、「中国か非中国か」、「中国は2桁成長時代が終焉するので、これからはASEANだ」という見方である。
しかしながら、5月22日以降、アジアは、元来の多様性を再度顕わにした。それは以下の4つにまとめられる(図表2)。
1つ目は、経常収支が黒字傾向、かつインフレ懸念が少ない中国、韓国、台湾、シンガポールのグループである。韓国は5月に利下げ、中国、台湾、シンガポールは利下げこそしていないが、低金利を維持できる状態にあり、大幅な資本流出(為替下落)が起こるリスクは小さいと考えられる。
2つ目は、内需が堅調、インフレ懸念が少ないなどファンダメンタルズに対する信頼は比較的高いものの、経常ないし貿易収支が悪化、または、外貨準備が減少してきているタイ、マレーシア、フィリピンのグループである。タイは政治の先行き不透明感、マレーシアは財政の悪化・ソブリン格付け引き下げの影響、フィリピンは海外からの送金の持続性なども懸念されており、資本流出のリスクは見過ごせなくなってきている。
3つ目は、経常ないし貿易収支が赤字傾向、インフレ率も高いインドネシア、インドのグループである。インドネシアは、為替レートの維持のために6月、7月に利上げをした。インドは、2013年に入って3回利下げをしたが、6月、7月は金利を据え置いた。資本流出⇒為替下落⇒インフレ⇒金融引き締め⇒景気悪化⇒資本流出という悪循環に陥るリスクがあり、為替の安定のために成長を犠牲にする苦しい政策運営を迫られつつある。
最後は、まだ世界経済との関係がまだ希薄で、それ故、国際マネーの影響を受けにくいベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーのグループである。これらの国は、ファンダメンタルズに多くの問題を抱えるものの、経済開発の水準が低く、わずかな直接投資やODAが景気を支えてしまうこともあり、景気が失速してしまう可能性は低い。
5月下旬以降の世界的な金融の調整は、7月中旬以降、QE3縮小への懸念が和らいでいったため、幾分落ち着きをみせてきているが、この数カ月の動きは、アジアにおける米中の経済的影響力の強さを改めて示すと同時に、アジアが格差の大きい、強さと弱さの同居した経済であることも再確認させた。アジアはこの構造的な試練にどう立ち向かっていくのか、今後注意を持ってみていくべきであろう。
コラム執筆:鈴木 貴元/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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