日本向けの天然ガス(LNG)価格は、百万BTU(英国熱量単位)あたり18ドルを超え、過去最高レベルで推移しています。原油価格の高止まりに加え、原子力発電代替の火力発電用のLNG需要が増加したのが主な要因です。一方、シェールガスの増産が続く米国における天然ガス価格は、同2ドル台です。日米天然ガス価格の差は実に16ドル、この差が埋まらないのはなぜでしょうか。
最大の理由は、天然ガスが「輸送」が難しい商品であるためです。天然ガスの世界貿易における形態は、パイプラインが7割、LNGが3割です(2010年)。主力のパイプラインによる輸送は敷設した地域限定であり、どこにでも運べるというわけではありません。米国とパイプラインで結ばれているのは、陸続きのカナダとメキシコだけです。
一方、LNGによる輸送は目的地を選びません。しかし、輸送には様々な制約があります。天然ガスは、マイナス162度で液化します。天然ガスをLNGにして輸出するには、液化設備が必要です。しかし、現状、米国の天然ガスの液化基地はアラスカにしかありません。というのも、米国は2000年代前半には将来的にLNGの大輸入国になると見られていたのです。そのため、米国で整備されたのは液化設備ではなく、輸入LNGの受入基地でした。つまり、輸出しようにも現状では液化・輸出基地がないのです。
では、液化設備があれば、この差は埋まるのでしょうか。同じ商品の地域間の値差は、通常であれば裁定が働き、輸送コストや販売までの負担金利に収束します。パイプラインの天然ガスをLNGに加工するための液化コストは百万BTUあたり3ドル程度(後述の韓国KOGAS向け契約価格)です。輸出が想定されるメキシコ湾から日本までのLNG船の輸送コスト(FOB)は同4ドル程度と想定されます。これにLNG設備までのパイプライン使用料、海上輸送保険料などを加味すると、米国のパイプラインガスをLNGにして日本に輸出するまでにかかるコストは百万BTUあたり8ドルから9ドル程度になるとみられます。これが価格の裁定が働いた場合に想定される日本と米国の天然ガスの価格差です。諸制約が排除され価格の裁定が働いた場合、日米天然ガス価格の値差は百万BTU当たり前述の16ドルから10ドル弱まで縮小すると考えられます
ところで、現在米国では将来的に増産される国産の天然ガスをLNGにして輸出する計画が進められています。2012年5月時点で、米国全体で年間14,200万トン(液化能力)程度の天然ガス液化設備建設計画が存在します。世界最大のLNG輸入国である日本における2011年の輸入量が7,850万トンですから、日本の約2年分の需要に匹敵する壮大な計画です。
もっとも、日本が米国からLNGを輸入するためには、別のハードルがあります。米国からの天然ガス輸出は、1938年に制定された天然ガス法において、「公益」と「エネルギー安全保障」に合致することが条件に定められています。天然ガス輸出には米エネルギー省(DOE)の許可が必要です。FTA締結国は公益に合致すると見なされますが、日本を含む非FTA締結国への輸出は扱いが異なり容易には許可が下りません。その上、DOEの輸出許可とは別に、LNG輸出基地の建設には米国連邦エネルギー規制委員会(FERC)の許可取得、環境保護庁(EPA)や当該州政府の承認手続きなど、クリアすべきハードルが多数存在します。
2012年5月末時点で非FTA国向けの輸出許可およびFERCによる輸出基地建設許可が出ているのは、ルイジアナ州のサビーヌパス・プロジェクト1件(液化能力、約2,000万トン)のみです。しかも、このプロジェクトは、英BG、西Gas Natural Fenosaに加え、2011年12月に印GAILと、2012年1月には韓KOGASが長期供給契約を締結しており、長期契約以外のSPOTによる輸出量は限定的になると見られます。日本が米国からLNGを長期契約で購入するためには新しいプロジェクトに対する様々な許認可が下りるのを待つ必要がありますが、天然ガス輸出に伴う国内天然ガス価格や環境への影響などを熟考する必要があるとされており、実際にどの程度輸出が可能となるかは未知数です。
東日本大震災前の天然ガス価格は、日本のLNG輸入価格が同10ドル、米国の天然ガスが同4ドルでしたので、値差は6ドルしかありませんでした。先述の通り、値差が8ドル以下の場合は米国からの輸入はかえって割高となります。米国本土からLNG輸出が始まるのは早くても2015年ですから、割安なLNGが入手できるとは限りません。しかし、2011年、日本のLNG輸入量は前年比で12%増加しました。量にすると850万トンの増加です。これを確保するため、日本はあらゆる国からの輸入を試みました。世界のLNG生産国は18カ国ですが、そのうちリビアを除く17カ国から輸入したことになります。日本がLNGの大量輸入国である以上、エネルギー安全保障の観点からも、米国からのLNG輸入の実現に向けた取り組みが官民両面から進むものと思われます。
コラム執筆:村井美恵/丸紅株式会社 丸紅経済研究所
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