2010年末、チュニジアで発生した反政府運動、いわゆる「ジャスミン革命」は、その後北アフリカや中東に拡大、「アラブの春」と言われる現象を引き起こした。各地で反政府運動が拡大した理由として概ね共通していたのは、若年層における高水準の失業、所得格差の拡大、長期独裁政権がもたらした権力集中・政府の腐敗などであり、大衆の参加にインターネット、ツイッターなどのソーシャルメディアが威力を発揮したことは記憶に新しい。

かたや米国では、9月半ばにウオール街で発生した抗議デモが全米に拡大している。経済格差に対する不満、ソーシャルメディアを通じた抗議運動の拡大は米国版「ジャスミン革命」を想起させる。ただし、こちらの攻撃の主な矛先は政府というより、高額な所得を得ている金融業界や富裕層のようだ。

デモ発生に先立つこと約1カ月、8月14日のニューヨークタイムスに世界最大の投資持ち株会社である米バークシャー・ハサウェーの会長兼CEO、ウォーレン・バフェット氏の寄稿文が掲載された。「Stop Coddling the Super-Rich(超富裕層を甘やかすのをやめよ)」と題された寄稿文には、昨年自らに課せられた連邦税が約7百万ドルと課税所得の17.4%に過ぎず、かたや、自ら経営する会社の従業員(当然バフェット氏より低所得)が負担する税率が平均36%であったことが記されている。米国で高額所得者の税負担が低くなりがちなのは、利子・配当などの財産所得に課される税率が労働所得に課される税率を下回っており、かつ高額所得者ほど財産所得の割合が高い傾向にあることが大きな理由だが、同氏はそれを指摘したうえで、米国の債務問題の解決のための一つの方策として高額所得者により高い税率を適用することを提案している。

これに対し、右派は階級闘争をあおっていると激しく反発、バフェット氏の主張は統計的な裏付けに基づいておらず、平均的に見れば高所得者はより大きな税負担にさらされているなどと反論している。

税負担およびその分配にまつわる議論は、目前の状況だけでなくこれまでの税制度の変遷にも影響を受けるため、水掛け論になりがちである。しかしながら、景気が回復しているとされる中でも解決しない失業問題、拡大する一方の経済格差に大衆の不満が蓄積していたことは確かだろう。
本来、小さな政府志向であると言われている米国で、この種のデモが長期化しているところを見ると、社会的な分断は思ったより深刻なものとなっている可能性もある。

この状況が長期化するなら、所得格差の是正は来年に控える大統領選の争点となるだろう。事実、高額所得者が応分な負担をすべきだというバフェット氏の主張に後押しされるように、オバマ大統領は、4470億ドルにのぼる雇用対策を提案し、その財源を富裕層や一部企業への課税強化で賄うとした(富裕層に対する増税は「バフェット・ルール」と称される)。ノーベル賞経済学者のクルーグマン氏など、知識人の中にも再分配の強化を支持する向きが見られ、この論争が来年にかけてどのような方向に向かうのかが注目される。

一方で、バフェット氏のような「Mega-Rich(同氏は寄稿文の中で自らをこう表現している)」からの自発的な課税強化への訴えは、やや矛盾した側面も合わせ持つ。同氏は投資家であり、投資先の企業に対し株主利益を高めることを要求する。その結果、企業は人件費削減などを通じ労働への分配を抑え、資本への分配を高めようとする。つまり、そもそも労働所得を抑制しているのは同氏のような資本家に他ならないとも言えるのだ。労働側のカウンターパワーが低下し、先進国では賃上げ要求などの労働争議の発生が減少する流れの中で、この問題を再分配に矮小化することで予防線を張ったというのは、うがった見方に過ぎるだろうか。

経済活動の果実が一般企業の労働者に行き渡らず、資本家や金融機関に過大に分配されがちになるという制度的な背景が社会厚生を損なっているのであれば、その修正こそが本質的なテーマと言えるのかも知れない。

コラム執筆:田川真一/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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