これまで本欄では、外国為替市場が「他の市場よりも強いトレンドが出やすく、ひとたびトレンドが出るとそれが比較的長く続く市場である」ということから、主にチャートを用いたトレンド分析の手法について多くの紙幅を割いてきました。しかし、ときに市場はこう着感の強い相場つきとなり、一定の価格レンジのなかでもみ合う(=明確なトレンドが出にくい)状態を続けることもあります。

そのような場合に、より注目度が高まるのは欧米を中心とした各国の経済指標、景気データであり、ことに米国の経済指標にあっては、その結果の発表前後で大きく相場つきが変わることも少なくありません。

そんな米経済指標のなかでも「注目度ナンバーワン!」と言えるのは、毎月初めの金曜日に米労働省が発表する前月分の米雇用統計。同時に発表される10数項目のなかで、とくに相場に及ぼす影響が大きいのは「非農業部門雇用者数」と「失業率」です。

非農業部門雇用者数とは、文字通り、非農業部門に属する事業所の給与支払い帳簿を基に集計されるもので、農業以外の産業で働く雇用者数(経営者や自営業者は含まれていない)の増減数を「前月比」で示しています。

例えば、2011年7月の非農業部門雇用者数は前月比で11.7万人の増加となりました。10万人超の増加というのは決して悲観的なものではありませんが、一般に米労働市場における景気回復の目安が「毎月15万人程度の増加」とされていることを考えますと、少々見劣りする結果とも言えます。また、リーマン・ショック後に失われた雇用は全米でおおよそ800万人とされていますから、月次で10万人程度の増加ではなかなか景況感も高まってはこないものと考えられます。

ちなみに、この7月のときの事前の市場予想(コンセンサス)は前月比8.5万人増というものでした。周知の通り、相場は事前の市場予想に対して結果が強かったか、それとも弱かったかで動く傾向があるため、このときの市場の反応は「やや強め」という感じだったでしょうか。ただ、同時に発表された失業率が9.2%と、なおも歴史的な高水準で推移していることが明らかとなったため、積極的なドル買いにはつながりませんでした。

経済の専門家や市場関係者などは非農業部門雇用者数を重視する傾向がありますが、一般の米国民にとっては失業率の方がわかりやすくて身近なものです。よって、中長期的に米個人消費に影響を及ぼすのは失業率の方であるとも考えられます。また、米国の場合には失業率5%前後で景気の良し悪しを判断するとされており、いまだ景気回復には遠く及ばないレベルであるとも言えます。

何より、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は、金融政策発動の必要性を検討する際に最も重視する要素の一つが「雇用」であると明言しています。よって、米異国の雇用情勢が上向いてこないという現実は、次なる金融政策発動の可能性を強く匂わせるものともなり得ます。

なお、米労働省が米雇用統計を発表する2日前には毎月、米国の給与計算アウトソーシング会社であるADP(オートマティック・データ・プロセッシング社)が独自の雇用調査レポート(民間雇用者数の増減)を発表しており、このADP雇用レポートは米雇用統計の参考データとして多くの市場関係者・市場参加者が注目しています。

実際のところ、このADP雇用レポートの数値と米雇用統計の結果には必ずしも強い相関性があるとは言い切れないのですが、ADP雇用レポートの発表後、その内容を受けて相場が一定の方向に傾きやすくなることも事実です。例えば、ADP雇用レポートが非常に強い結果を発表した場合、その後のドルは一時的にも強含みで推移することが少なくありません。ことに、米雇用統計の発表時間が近づくほど、そうした動きが強まる傾向があります。

このような場合、ADP雇用レポート発表後にドル/円を買い、米雇用統計発表の前に売り抜けるという手が有効となるケースもあります。もちろん、常にそうなるとは限りませんから、ご判断は自己責任にて...。

田嶋 智太郎

経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役