□ トランプ氏の勝利で世界的金融株高。背景は、米国の1)金融規制緩和期待、2)長期金利上昇、3)景気拡大、特にインフラ関連の貸出成長期待 □ まだ規制緩和は織り込み切れていないため米銀には上昇余地も。半面、日・欧金融機関への恩恵は限定的。むしろ米金利上昇は、邦銀の海外収益にマイナス □ 注目は各種選挙。トランプ大統領の登場で保護主義志向増大へ。12/4国民投票のイタリアは金融再建に課題大。欧州金融には引き続き慎重

ドナルド・トランプ氏が米国の次期大統領に決定した。トランプ氏選出まで、銀行は世界で最も割安のセクターの1つだったが、選挙後は絶好調である(図表1)。

主な背景には、1)金融規制緩和、特に、国際基準以上に厳格な「ドッド=フランク法」の大幅緩和、2)米金利上昇による銀行収益押し上げ、3)米国内のインフラ整備に関連する投融資機会の拡大、という思惑がある。選挙後既に株価はかなり上昇したが、米銀についてはまだ割安と考える(図表2)。株価純資産倍率(PBR)が金融規制本格化前(2013年頃)に戻れば現値から30%程度のアップサイドが残されている(ちなみに2013年の平均10年国債利回りは2.3%で、現在より0.2%ポイント程度しか差がない)。

一方、日本と欧州の金融機関については、低金利、欧州や中国の金融システム不安、国際金融規制の修正余地は限定的であることなどから、米銀とは区別して考えるべきである。金融業界については、米銀株を選好したい。

以下では、トランプ政権誕生で予想される米国の金融の方向性を考え、国際的な金融システムや、邦銀への影響を検討する。

I. トランプ政権の金融業界へのスタンスと金融業界への影響 II. 中長期的な注目点:EUの結束力

I. トランプ政権の金融業界へのスタンスと金融業界への影響 1) ドッド=フランク法/ボルカールール大幅緩和の可能性

米金融機関に対する影響度:「大幅緩和」宣言が実現すれば大いにポジティブ ドッド=フランク法(2010年7月成立)は、世界金融危機の教訓をもとに制定された。オバマ政権は、今後金融機関の破綻で国民の税金が使われることがないよう、国際規制以上に厳しい規制を課した(概要を図表13に記載)。

様々な規制の中でも、a) 資本比率、b)ストレステストに基づく株主還元制限、c)自己勘定取引や投資の制限(「ボルカールール」)等は国際規制よりも重く、米銀のROE低下を招いた。

トランプ氏は、選挙戦中、これらの金融規制を「撤廃」すると発言していた。当選後の演説では明言はなかったが、本日トランプ氏の「政権移行チーム」が、「ドッド=フランク法を取り除き(dismantle)、成長を促進し雇用を創出するような、新たな政策に置き換える」とウェブサイトに掲げた。

米国の追加資本が緩和された場合、米金融機関の資本に与える影響は大きい(図表3)。しかも、毎年当局が行うストレステストが緩和されれば、株主還元が拡大できる。また全米で5.4億ドルに上るボルカールールのコンプライアンスや報告上のコストも圧縮できる(コストは米通貨当局の試算)。

実現可能性はどうか。これまでの報道でみる限り、共和党は、選挙綱領で、ドッド=フランク法の一部緩和には触れているが、大掛かりな改革には言及していない。その点ではまだ不透明感はある。しかし、大幅な規制緩和が成長と雇用に役立つものであり、かつ、国際規制に違反するものでない限り、他の難しい案件に比べれば異論は強くないだろう。

一方、トランプ氏は選挙中に、銀行と証券の分離を定めたグラス=スティーガル法(1933年制定、1999年廃止)の復活を提言している。仮に、銀証分離が求められた場合、米国の大手行は再び、証券会社をスピンオフすることを求められ(JPモルガンはチェースと分離、バンクオブアメリカはメリルリンチを分離など)、波乱要因となるだろう。

邦銀に対する影響:恩恵は米国業務が大きい銀行に限定 ドッド=フランク法は、米国で営業する外国銀行に対しても、規模に応じて規制を行っている(後掲図表14参照)。米国の現地法人等の資産が500億ドル(5.2兆円)以上の大規模金融機関に関しては、米銀に準じる規制がかけられている。

もしドッド=フランク法が大幅に緩和されるなら、これらの外銀規制も見直されるだろう。現在の厳しい規制を真正面から受けている三菱UFJ FGは、米国にモルガン・スタンレーやユニオンバンクに対する緩和等も期待できるため、プラス効果は大きい。但し、次期政権の保護主義的な方向性からすると、いずれにせよ何らかの外銀規制が導入される可能性もあるため、現時点で楽観視はできない。

2)米国長期金利の上昇 米国の長期金利の上昇は、財政支出の拡大懸念と、経済成長への期待が要因である。この傾向は、トランプ氏が方針を変えない限り続くだろう。金利上昇は、米銀の収益を押し上げることから、規制緩和期待とともに、米銀株の上昇に寄与するだろう(図表4)。

邦銀への影響:ごく限定的 しかし、邦銀の場合、三菱UFJ FG以外は、米国の預金基盤が脆弱である。邦銀全体の外貨調達に占める預金の割合は依然3割程度と低い(図表5)。それ以外の調達は市場金利の変動の影響を受けてしまう。中でも、「円預金」をドルに転換する「円投」の金額が近年増加しているが(図表6)、これに関連するドル調達コストも急速に上昇している(図表7)。従って、米国の金利上昇は邦銀の海外貸出収益上、中立か、むしろマイナスである。

一方、米国の金利上昇で日本の金利も上昇し、それが株価にプラスに働くとの見方もありうる。しかし、9月に導入された日銀のイールドカーブ・コントロールにより、日本の長期金利は、米国と連動しにくくなっている(図表8、9)。これらの点から、米国の金利高は邦銀に直接的な恩恵は殆どない。

3)  米国内のインフラ整備の活発化 トランプ氏は、向こう10年間で1兆ドル(約105兆円)の公共投資を行うとしている。米国内では、これに伴うインフラ・ファイナンスの活発化が見込めるだろう。

満額が本当に実行されるのか、されたとしても、どの程度が民間銀行の投融資で賄われるのかは不透明だが、米銀にとっては1.5兆円程度の資金利益を生む機会となろう(米銀のローン市場のシェア7割x105兆円x2%程度の利鞘という仮定で試算)。

邦銀のメリット:現在のシェア維持なら1,460億円の増益 邦銀も、米国インフラ関連の貸出機会については期待できる。3メガバンク合計の米国のローン市場における日本の金融機関のシェアは7%程度となっている 。このシェアを前提とするなら、邦銀にとっても7.3兆円の与信機会が生まれることになる。海外の平均利鞘の2倍の2%程度の利鞘が取れれば、1,460億円の増益要因となる(全額実施時点の年額)。

もっとも、こうした政府主導のインフラ整備事業については、国内金融機関が優先される可能性もある。その場合、米国内の商業銀行と証券のグループ会社を持つ三菱UFJ FGがまたしても有利ということになる。

Ⅱ. 中長期的な注目点:EUの結束力 他国への影響として市場が懸念するのは、ナショナリズムの台頭である。図表11の通り、来月以降の欧州の選挙では、反EU・反移民の右派が勢力を伸ばしている。これらの選挙が、年末から来年に向けてのEUやユーロの存続に対する不透明要因となる。

手始めは、12月4日のイタリアの国民投票である。投票自体は、議会制度の改正を問うものだが、現在のレンツィ首相が、改正が通らなかったら辞任すると表明している。国民投票の結果は政治的混乱の引き金になりかねない。

そのイタリアでは、現在、金融システムの修復が始まっている。10月、第3位のモンテパスキが、大規模なリストラ計画を提出したのに次いで、第1位のウニクレディトが、1.5兆円と巨額の増資を計画中と報じられた(図表12)。

しかし、未処理の不良債権額は資本との対比で依然大きく、担保となっている不動産も価格の下落が続いている。処理のためには増資が望ましいが、規模が大きいことから成否は不透明である。このような状況では、金融が経済成長を後押しすることは難しく、そうなれば、国民の不満も高まりやすい。

仮に、イタリア国民投票が不調に終わり、政局が混乱すれば、来年3月のオランダの議会選挙にも影響が出うる。イタリア同様オランダでも、不動産価格の下落が続いており、金融システムへの影響が懸念される。

このように、第二、第三のEU離脱国が発生すれば、欧州システムには大打撃である。従って、欧州金融機関については、引き続き慎重にみるべきと考える。