今週はドイツ銀行の米司法当局への支払いが安く済むとの報道から銀行の株価が回復した(図表1、図表2)。10月6日には、IMFも早期の和解を促しており、金額はどうあれ、この司法問題は収束間近と予想される。
それでも、世界の大手行の株価純資産倍率(PBR)は、資本力の強い米銀と北欧の銀行という健全5行を除き、すべて1倍を割っている(図表3)。不安が一服した現在、世界の金融機関の株式や債券は投資好機と言えるのか。
ドイツ銀行の問題は、今回の司法問題で改めてハイライトされたものの、本質的には収益力と財務力の問題である。収益環境が改善するか、資本比率を引き上げない限り、抜本的な解決にはならないだろう。特に、金融危機後に世界の大手行が発行した「CoCo(ココ)債(Contingent Convertible Bond、偶発転換社債)」(概要を後述、図表14に記載)」に関わるリスクは何らかの費用発生のたびに再燃することになるだろう。以下にドイツ銀行の課題とそのリスクの影響を解説する。
世界の金融株の連動性の高さは他の業界の比ではない。日々、巨額の銀行間取引が行われており、ある1行の調達コストの上昇は業界全体に波及しうるためである。金融業界では、ライバル会社のリスクは、市場シェアを奪える等の好機ではなく、むしろ"一蓮托生"的である。特にドイツ銀行の不安は世界の金融機関に影響を与えやすいと、IMFは6月のレポートで指摘している(図表11、12参照)。
投資対象としては、様々な外部要因で相対優位にある米銀がベターであるが、それ以外の金融機関については、株・債券ともに、依然慎重スタンスで臨みたい(地域別の相対的な優先度を図表13に記載)。当面の注目イベントは、ドイツ銀行の米司法当局への支払い額決定(時期未定)、欧州各行の9月期決算発表(ドイツ銀行や英主要行10/27、モンテパスキ10/28)、イタリア憲法改正に関わる国民投票(12/4)などである。
ドイツ銀行の課題1:法務関係費用のリスク
ドイツ銀行は、住宅ローン担保証券の販売に関する米司法当局に対する支払額を1.4兆円(140億ドル)から半分以下の5,400億円(54億ドル)程度に節約できる可能性が高まってきた。これなら、ドイツ銀行が金融危機後昨年までに計上してきた法務関連費用累計額約1.6兆円や(図表4)、累計で1行当り3~4兆円規模の費用を計上してきた米国大手行と比較してもさほど突出した金額ではない(図表5)。しかし問題は、これらの費用が利益や資本と比較して重たいという点である。では、ドイツ銀行の利益と資本にはどんな課題があるのか。
ドイツ銀行の課題2:脆弱な資本
ドイツ銀行の資本比率を、二つの側面から見てみたい。いずれの側面からも課題が多く、今回の司法関連費用の問題がなかったとしても、資産圧縮や資本増強が早期回復への近道と思われる。
一つめは、現在の規制の中心になっている「普通株式等Tier1比率(CET1比率)」である。7月に発表された欧州のストレステストの結果、悲観シナリオ下でのドイツ銀行の資本比率は、9%の最低所要比率に対して1.2%ポイント不足する。これはバークレイズの1.7%ポイントの不足に次いで大きい(図表6)。
このストレステストには、今後の法務関連費用は含まれていない。この影響度を試算すると以下の通りとなる。
ドイツ銀行の資本比率の分子は、約5.0兆円で、分母のリスクアセットは約46兆円程度(=€402billion因みに邦銀で近い規模のところがないが、みずほの62兆円や三井住友トラストの18兆円の間)。資本は約5.0兆円(€43billion)で、比率は10.8%となっている(図表7)。
規制当局がドイツ銀行に求める最低比率は9%であるが(今はまだ移行期間で、完全施行は2019年)、世界の大手行の平均は15年 12 月末時点で、既に11.7%とドイツ銀行より遥かに高くなっている。
規制上の最低比率を割り込むと、業務が制限される事態となるが、その可能性はあるだろうか。今後の利益等も考慮すれば、追加法務関係費用がおよそ1.7兆円を超えない限り、恐らく規制最低比率を本当に下回ってしまうという事態は生じないだろう。
しかし、資本の問題はこれだけではない。金融危機後に新たにBISが策定したレバレッジ比率がより深刻だ。この指標では、ドイツ銀行は、世界の大手行の中で最低レベルとなっている(図表8)。現在この規制上の最低比率は試験的に3%とされているが、BISは2017年に引き上げを決める可能性がある。仮に最低比率が4%に引き上げられた場合、ドイツ銀行を含むいくつかの銀行は、決められた期間内に何らかの形で比率を引き上げなければならない。レバレッジ比率の分母は調整後総資産であるため、調整後総資産160兆円のドイツ銀行の場合、0.5%ポイントの不足につき8,000億円規模の資本が必要になる計算である。
ドイツ銀行の課題3:収益に逆風吹き荒れる
国内は構造問題にマイナス金利が拍車 ドイツ銀行の収益構造は、国内の商業銀行の割合が12%と非常に低いのが特徴である(図表9)。これに対し、トレーディングと法人営業が合算で57%を占める。資産運用管理や郵便貯金のウェイトが増えているものの、依然収益のボラティリティが高い事業モデルである。
割合は小さいとはいえ、国内商業銀行業務は本丸である。しかしこの分野では、過当競争にマイナス金利が拍車をかける。欧州の中でも、ドイツは日本以上に金融市場が分散しており、その分競争が激しく利鞘が低い(図表10)。このような環境が、ドイツの銀行の海外進出や投資銀行業務などへの傾注を後押ししたと考えられる。しかも、近年のマイナス金利の影響で、利鞘は更に落ち込む可能性が高い。
法人業務やトレーディングはリスクが取りにくい状況 上記の通り、海外の法人業務やトレーディング収益がドイツ銀行の収益の柱である。ところが、ドイツ銀行の場合、資本力に余裕が少ないためリスクが取りにくい。
その上、今年6月の米国ストレステストで、ドイツ銀行の米子会社は、スペインのサンタンデールとともに、資本計画が却下された。しかも、米国では、FRBのタルーロ理事が、大手銀行については今後ストレステストの要件厳格化が必要とも発言している。今後は、米国でのリスクテイクが一層難しくなるだろう。
ドイツ銀行の課題4:「CoCo債」にまつわる2つのリスク
世界の大手銀行は、金融危機後、CoCo(ココ)債(*)という新しい債券を発行し始めた。これは、会計上は負債だが、厳しい条件を入れることによって規制上は資本にカウントできる特殊な債券である。
(*)Contingent Convertible Bond、偶発転換社債(文末図表14に主な特徴を記載)
CoCo債は、日本でも、「バンクキャピタル・ファンド」や「ハイブリッド証券ファンド」「CoCo債ファンド」などの投信に組み入れられている。
現在CoCo債の総額は、世界合計で10兆円を超えるとされており、このうち、ドイツ銀行のCoCo債残高は、5,500億円程度となっている(Bloombergデータより)
これらの債券には2段階のリスクがある。①クーポンの支払いが停止してしまうというリスクと、更に、②元本が毀損してしまったり、株式に転換されてしまうというリスクである。今年2月にドイツ銀行株式が下落した時に話題となったのは、このうち、①クーポンの支払停止のリスクである。
ドイツ銀行のCoCo債等の今年のクーポンの支払額は800億円程度と報じられている(7億ユーロ、CoCo債及び同等の債券を含む。このうち4月に支払われた額は3.5億ユーロ)。これに対し、会計ルールで定められた支払原資は、16/6月時点で1,250億円程度である。一応利益が出ている限り支払いに問題はないが、もし今期も赤字となった場合、来期以降クーポンの支払いが停止する可能性は排除できない。仮にクーポンが停止すると、大手行のCoCo債としては、恐らく初めてのケースとなる。
しかし、このクーポンの支払いは普通の社債の利払いとは異なる。株式配当と同様に、銀行の権利として、一定の条件のもとでは停止できる、と定められているものだ。このため、CoCo債のクーポン支払いを止めても、その銀行が法的に倒産するわけでもないし、普通の社債の利払いが止まるわけでもない。かつて日本でも、類似の古い証券(OPCO(オプコ)と呼ばれていた優先出資証券)について、旧UFJ(現在MUFG)やりそながクーポンの支払いを停止したことがあった。しかし、いずれも普通社債の利払いは継続していたし、今でも健全に経営を続けている。
②の債券元本の毀損または株式転換は、資本比率が一定水準を割り込むか(そのトリガーは5.125%が一般的)、公的資金が注入される時に発生する。ドイツ銀行の場合、資本は堅固とは言えないが、トリガーまでは5%ポイント=2兆円以上の余裕があるので、こちらはひとまず懸念事項ではない。しかも、ドイツ銀行のCoCo債には、復活条項が付されており、一旦元本が毀損しても、銀行の裁量で再び元本を復活させることができる。
①が発生した場合のリスクとしては、ヘッドラインリスクとともに、今後のさまざまな債券発行コストの上昇、他の銀行の類似の債券発行条件への影響、組み入れているバンクキャピタル・ファンドの基準価格の下落などである。このため、邦銀や日本の投資商品に対する影響もゼロではない。
ドイツ銀行の信用不安の株価への影響
他の大手行との連動性が高い IMFが6月のレポートで指摘したように、ドイツ銀行の株価の動揺は、金融業界全体の株価に対して与える影響度合いが世界で最も高い(図表11)。これは、財務的に不安視されていることや資産規模などが関係しているようだ。
邦銀との関係では、MUFG、SMFGとのリンクが相対的に高いとされている(図表12)。但し影響度は他国ほど高くない。ドイツ全体に対する邦銀の与信額は12兆円程度で、過去数年概ね横ばいで推移している。
その他の金融業界の不安要素:相対的には米国を選好するが全体に慎重継続 ドイツ銀行の問題は、大いに個別性が高いものの、当面は利益と資本の問題が燻り続けるだろう。これによって、業界全体の株価は影響を受ける可能性が高い。
しかも、金融機関を取り巻く事業環境は、1)日欧で超低金利が継続している、2)規制が厳しくなっており、世界的に銀行への規制や課徴金等が厳しくなっている、3)一部の国では資本や不良債権の問題が発生している、4)政治的にも選挙等で金融界に厳しい候補が当選する可能性がある-- といった不透明要因がある(図表13)。これらの点から、世界の金融業界では、相対的には米国を選好しつつも、全体には慎重スタンスを継続する。