26日の米ジャクソンホール年次シンポジウムでのジャネット・イエレンFRB議長とフィッシャー副議長の発言を受け、市場では米国の早期利上げ観測が高まったと受け止められた。

この半月、FRB高官や地区連銀総裁からの早めの利上げを示唆する発言が続いていたが、これを支持する内容だった。

我々は9月利上げも充分にあると考える。根拠は、 1) 経済状況が総じて回復していること((1)経済指標参照) 2) 不動産価格など一部に過熱感が見られること((2)やや過熱気味の市場参照) 3)  海外等外部のリスク要因が後退していること((3)海外懸念材料参照) 4) 今後の景気後退時に緩和余力を作っておきたいこと、などである。

特に近時のFOMCで言及されていた3)海外リスク要因については、BREXITのショックの鎮静化に加え、先週ポルトガル最大の銀行の公的支援が決定したことなどもあり、一旦落ち着いている。以下代表的なチャートをピックアップし確認する。

当面は米早期利上げ予想が高まり、円安・ドル高が続くだろう。東証データによれば、企業のEPSは、1円の円安につき0.6~1.2円上昇する傾向にある(後述図表10~11)。一方、邦銀にとっては、ベーシス・スワップ・レートの悪化に伴うドル調達コスト上昇がリスクである。ベーシス・スワップ・レートが0.2%悪化するごとに、銀行全体で500億円の海外減益要因となりうる。このようなシナリオの実現可能性を見極めるため、現地時間8/29の米個人消費(PCE)関連データ、今週末9/2の米雇用統計等はこれまで以上に注目されるだろう。

1)経済指標の改善に関する主なデータ

毎回の変動はあるものの、雇用関連の数値については改善基調が強まっている。8/26の講演でイエレンFRB議長は、「FOMCは、実質GDP成長、雇用市場の更なる改善、1,2年内のインフレ率2%の達成を予想している」としたうえで、一人称を用いて

「私は、最近数か月で、金利引き上げの可能性が高まったと考えている (Indeed, (...) I believe the case for an increase in the federal funds rate has strengthened in recent months.)」 と経済指標の改善の認識を強調した。

実際、公式の失業率は4.9%、正規雇用を望むパートタイム労働者等を失業に含めた広義の失業率も9.6%と、いずれもリーマンショック(08/9月)前に戻っている(図表1)。労働参加率の低下は底打ちし、時間当たり賃金も上昇傾向にある(図表2)。

問題は、日本同様物価上昇ペースが鈍い点である。7月のコア消費者物価指数(食料・エネルギー除く)は、前年同月比では+2.2%と安定的に推移しているものの、前月比では+0.1%と振るわなかった(図表3)。しかし、個人消費支出は順調な拡大傾向にあり、今後の物価の緩やかな上昇を後押しするとみられる(図表4)。

2) やや過熱気味の市場

長期にわたる低金利で、不動産貸出と不動産価格の上昇率がGDPの伸び率を大きく上回っている(図表5)。一般に、GDPの伸びを不動産価格の上昇が大きく上回る状況が続くと(例えば図表5に見られるとおり米国の1990年代末~05年頃や日本の80~90年代など)、その後市場の下落リスクが高まる。

同様に貸出の伸びもGDPに対して高い状態が続いている(図表6)。経済を支える要素ではあるが、特に不動産向け貸出の急増は注視すべき領域に入ってきた可能性がある。これらは、緩和を過度に長く続けた場合の懸念材料となるだろう。

3) 海外懸念材料の後退

近時のFOMCでは、BREXIT(16年7月)、中国経済(主に15年下期のFOMC)等の海外要因や原油価格の変動などの不安要因が取り上げられてきたが、これに対する米FRBのリスク認識はやや後退していると思われる(図表7)。なお、8/26のジャクソンホール演説は、トピックが金融政策のToolkit(手法)ということでもあり、こうしたリスク要因に対する言及はみられなかった。

また、先週、ポルトガル最大の銀行Caixa Geral de Depositos, SAが、ポルトガル政府の支援を受け再建を進めることが決定した。欧州最大のリスクであるイタリアの銀行については、政府による直接支援ができないことなどにより、依然再建策が定まっていない。しかし今回、一足先にポルトガルで銀行支援がEUに認められたことは、欧州の金融システム全体にとって朗報である。

なお、中国については、不良債権比率がじわじわと上昇しているものの、平均保全率は、邦銀の80%前後という水準に対し、176%と高くなっている(図表9)。不良債権額を大きく上回る引当金等を計上しているため、不良債権が増加しても追加の損失は出にくくなっている。

米国の早期利上げの日本への影響は?

円安が企業EPSを押し上げ

為替と企業業績の関係は引き続き高い。2006年以降の10年間の東証一株当たり利益(EPS)とドル円レートの関係をみると、相関(R2)は0.77と相応に高い(リーマンショック時の赤字4四半期を除く)。近年感応度が落ちているとはいえ、1円の円安につき、EPSは概ね0.6~1.2円程度上昇する傾向にある。PER15倍を使って計算すると東証株価指数全体を7.5~18ポイント≒0.6~1.4%押し上げる傾向にある(図表10~11)。

銀行の海外預貸業務には逆風:ベーシス・スワップ(ドル調達コスト)の上昇

26日のイエレン+フィッシャー発言に加え、日銀・黒田総裁が「躊躇なく追加緩和措置を講じる」と発言したことから、日米金利差の拡大加速が予想される。このため、海外運用の一部を円投(手持ちの円資産をドルに転換すること)によって賄っている邦銀にとっては、ベーシス・スワップ・レートの悪化、即ち、円をドルに転換するコストの上昇が懸念される。

ベーシス・スワップ・レートは、日米金利格差の拡大などからこの2年間悪化傾向にある(図表12)。7月に日銀のマイナス金利の深掘りがなかったことから一旦落ち着いていたが、米国の利上げが早期化すれば再び悪化する可能性が高い。

それでなくても、邦銀の海外の資金利回りや貸出利回りは、過去から低下傾向にある。リスクを抑えていることに加え、世界的な金利低下、競争激化によるクレジット・スプレッドの低下などが背景にある。

これに追い打ちをかけるのが、ドル調達コストの上昇である。仮に、ベーシス・スワップ・レートが20bp(=0.2%)悪化した場合、3メガ合計で500億円前後の損失となる(外貨調達全体のうち、外貨預金等を除く15%が円から外貨へのスワップであるため、海外資金運用残高162兆円x15%x0.2%で計算)。邦銀もドル建て収益の膨張という形で円安の恩恵は受けるものの、米利上げは調達コストの上昇を伴うことから手放しでは喜べない。

これらのシナリオの実現可能性を確認するためには、米国現地時間8/29の個人消費(PCE)関連データ、今週末9/2の米雇用統計などが注目されよう。