2月16日のマイナス金利導入から半年が経過した。9月の金融政策の「総括的検証」では「大胆な」政策を取るだろうとする報道がある一方、緩和は限定的との見方もあり、市場は金融関連のニュースに対して極めて敏感な動きを示している。
以下の通り、現在の緩和策は、企業の資金調達の長期安定化などに役立っているものの、一部で資金の"目詰まり"が生じてしまっている。この元凶の一つが、マイナス金利後悪化してしまった人々の"センチメント"であると考えられる。
このため、我々は、総括的検証後には、マイナス金利深掘り"以外"の施策が取られると考えている。そして、そのような施策は、現時点では多く残されてはいない。9月の追加緩和に過度な期待を寄せるのは禁物と考える。
1. 金融緩和メカニズムの問題点はどこにあるのか
日銀の15年5月時点の金融政策「検証」レポートによれば、金融緩和の効果は、実質金利低下 → 需要の拡大 +人々のインフレ期待 → 物価上昇といった経路で波及していくとしている(図表1)。
しかし現実には、④のルート、即ち需要改善の兆しが見えない。個人消費による需要が盛り上がっていないことが主因だ。実質金利は低下傾向にあるものの、個人消費は頭打ちが続いている(図表2、図表3)。また、マネックスの個人投資家サーベイでも、1年前と比べて家計を「引き締めている」と答えた人の割合が、「緩めている」という人の割合を大きく上回っている(図表4)。
この背景として、年金や収入等の将来不安が大きいのは事実であろう。しかしこれらは今に始まったことではない。円高が影響を与えている可能性もあるが、少なくとも近年、為替レートと家計支出の相関は薄い(図表5)。このため、金融緩和、特にマイナス金利が、以下のような意図せざる消費抑制効果を生んでいると思われる。
2. マイナス金利の個人のセンチメントへの影響
1)預金の受取利息の減少 周知の通り、日本の個人金融資産の52.4%、約900兆円は現預金である。米国の13.8%、欧州の34.4%と比べてもかなり大きい(図表6)。このため、預金金利収入の減少は、日本では、欧米に比べてはるかに重要な意味を持つ。
ところが、マイナス金利で、預金利息収入が低下し、更に、将来は手数料がかかるかも、という不安まで醸成されてしまった。例えば、今年満期を迎える06年スタートの10年物定期預金や11年スタートの5年物定期預金は、預け替えれば大幅な金利低下となってしまう(図表7)。
2)住宅ローン返済負担の増加 現在日本の全世帯の54%が住宅ローンなどの負債を負っている(2015年平均、図表8)。しかも、これらの世帯の年収に対する負債の比率は増加傾向にあり(図表9)、マイナス金利の導入後拍車がかかっているとみられる。銀行の第一四半期(4-6月)の住宅ローン実行額は、前年同期比32.3%という記録的な増加率となり、その後も一定の勢いが維持されているとみられるためだ(図表10)。
そもそも日本の個人向けローンで金利が市場金利を反映するのは住宅ローンくらいで、それ以外の消費者ローンは殆どが固定金利である。このため、マイナス金利に対し住宅ローンの需要は特に反応が早い。
住宅ローンは、家具等の購入を伴うため、初年度は消費を押し上げる。しかしその後は、住宅ローンの返済負担が家計にのしかかる。月々の元利金返済額は、手取り年収の3割を超える場合もある。
しかも、マンションを中心に物件価格が上昇している分(図表11)、住宅ローンを新たに借りる人の返済負担は重くなっている。既に住居を購入している層は、低い金利に借り換えることで負担が軽くなっているが、新しくマンションを購入してローンを組む若年層は、物件価格の上昇(全国平均で現在7~8%程度)で、平均で年間0.4%程度は月々の元本の返済負担が重くなっている(20年ローンの単純平均)。結局、金利低下メリットが0.4%以下であれば、効果は物件価格の上昇で相殺されてしまっている。
3)中小企業の業績、借入の抑制 日本では、中小企業に勤務する人が全勤労者の69%を占めることから、中小企業の業績も人々のセンチメントを大きく左右する。ところが、中小企業の業況判断は、今年6月、円高やマイナス金利の影響で、2年9か月ぶりに「悪い」が「良い」を上回ってしまった(図表12)。
しかも、大手行では、中小企業に対する貸出条件はじわじわと厳しくなっている(図表13)。これは、中小企業の貸し倒れリスクに対して、金利競争が厳しくなり過ぎて、貸しにくくなっているためである。
また、資金需要がある中小企業も、今後マイナス金利の深掘りがあるという期待感で、借り入れのタイミングを遅らせている模様である。金利は"底"である、というメッセージが発信されるまでは、貸出が伸び悩む可能性がある。
3. 現状を打破するような政策はあるか
マイナス金利の深掘りは、上記のような副作用を増長させることから、なかなか取り難い施策であると考える。ではどのような施策がありうるか。報道されている手段の中では、資産購入枠の柔軟化(年間増加目標を80兆円⇒ 70~90兆円へ)、政府とのコラボによる長期債の購入、買入資産の範囲の拡大、目標の柔軟化(達成期限を定めない)等の施策がありうるだろう。
因みに、7月の政策決定会合で、銀行への国債貸出枠(いざという時は日銀が市中銀行に国債を貸し出して、銀行が担保に困らないようにする制度)を作ったことで、銀行は国債を売却する余地が拡大した。政府の今後の国債発行額増額の可能性も考えれば、購入目標を若干引き上げても達成可能だろう。
それでも、大々的に報じられた9月の"検証"の結果が、こうした既存の政策の延長線に留まるのであれば、市場の失望を招きかねない。金融政策への過度な期待は難しくなってきている。