3月24日、金融規制に新たな動きがあった。 世界の金融規制を決めるバーゼル委員会(BIS)が、高度なリスク計算手法の利用を制限し、格付機関の格付に準拠するよう求めるという、いわば「先祖返り」的な規制強化案を発表したのである。
現段階では市場参加者に意見を募る「市中協議案」の初期段階であり、かつ、中には規制が緩くなる項目も入っているため、銀行株価への影響は限定的となっている
むしろ問題は、実体経済や市場への影響であろう。世界のマネーの方向性を決める大きな要素は「金融政策」と「金融規制」であるが、緩和に傾く政策に対し、今回の規制方針は、金融機関のリスクテイクに冷や水を浴びせかねない。特に邦銀の場合、消費増税延期の行方次第では、国や金融機関の格付けが引き下げられる懸念があり、格付機関への依存を高める本案の影響を受けやすい。
一方、緩和マネーが世界中にあふれている状態では、規制が厳しくなればなるほど、規制が相対的に緩めの、ごく狭い分野の運用先に過度な資金が集中することもある。中長期的には、局所的な"バブル"も誘発しうるという点も念頭に置いておきたい。
邦銀と米銀の合計余剰資金は過去5年で1.2倍、1000兆円規模に
現在、銀行の余剰資金、即ち貸出に回されていない預金の量は日米合計で1,000兆円にも上り、このうち600兆円が中央銀行などの預金に滞留している(図表1、2、注参照)。過去5年間で、余剰資金は1.2倍に、中央銀行などへの預け金は2.2倍に膨らんでいる。米国の余剰資金は、金利引き上げで減少する可能性もあるが、日本は依然増加傾向にあることから、引き続き世界の余剰資金は高水準に留まるとみられる。
これらの史上最大級に膨れ上がった金融機関の余剰資金はどこに向かい、どこで目詰まりを起こしうるのかを次項以降で考えたい。
金融規制の経緯:従来は、計算技術を磨く大銀行に有利だったが・・・
BISが決定した金融機関の資本比率の規制は、1993年に実施された。資本比率の計算式は以来一貫して「資本÷リスクアセット」とされているが、その計算手法は大きく変化している。
計算式の分母に当たるリスクアセットとは、各銀行のすべての資産を種類ごとに分け、それぞれのリスクに応じた掛け目を掛けて合計したものである。例えば、100億円の貸出を行った場合、損失が発生するリスクが20%と低ければ20億円、120%と高ければ120億円が、分母に加算され、金融機関はこの額に応じた資本を積まなければならない。この例では、同じ金額を貸しても必要な資本は6倍違うことになる。
図表3の通り、規制導入当初は、BISが決めた同一の掛け目を世界中の銀行で用いてリスクアセットが計算されていた。その後2004年に、格付機関の格付を用いる「標準的手法」か、または、高度な手法を開発し、各銀行独自の信用格付けを用いることが容認された。銀行独自の計算は、「内部格付手法」(IRB= Internal-Rating Based approach)と称される。高度化のインセンティブを付けるため、「内部格付手法」を取ると、リスク資産を削減できるように設計された。
バーゼルⅡ導入を機に、主要国の銀行は計算技術を磨き、リスクアセットの圧縮に動いた。図表4は、銀行のリスクアセットを総資産で割った数値の推移である。この値が低ければ低いほど、会計上の資産に対してリスク量が低く計算されていることになる。邦銀は、過去ほぼ一貫して低下しているのがわかる。この低下の一部は、現在信用リスクがゼロで計算されている国債が増えたためである。しかしこの影響を除いていても、高度な「内部格付手法」の活用等で、リスクアセットは1~2割圧縮されたと思われる。なお、米銀は、そのような手法の高度化をあまり行わず、近年は、投融資リスクを取り始めたことから、リスク掛け目が上昇している。
バーゼルⅢ導入後も、特に邦銀ではリスク手法高度化のメリットを享受してきた。しかし、高度化が進めば進むほど、複雑化し、銀行間の横比較がしにくくなってきた。このため数年前から、資本計算を「シンプルにするべき」という意見が出始めた。
そこで提案されたのが今回の変更案である。前掲図表3の通り、金融機関取引、大企業融資、プロジェクト・ファイナンスや事業用不動産融資、株式などについては、銀行の内部格付手法を認めず、格付機関の格付けに沿った掛け目を用いることとされた。過去10年余り容認されてきた「内部格付手法」を一部でも禁止したことは、大きな方向転換である。 (なお、今回の変更案以外にも、「標準的手法」自体の見直しも12月に発表されており、株式、住宅ローン等の掛け目が厳格化されている。)
影響度:株式、海外貸出、事業用不動産融資等に逆風
これらの変更案が採用された場合の影響度はどの程度になるか。一定の開示がある株式と金融機関向け与信だけを取っても、リスクアセットが8.5%増加する計算である(図表5)。今の資本比率を維持するには、年間純利益の8割に当る2.4兆円の資本が追加で必要になる計算となる。但し、冒頭触れたように、その他の緩和点もあるため、これだけで、金融機関が財務的に苦しくなるわけではない。
より注目すべき点は、銀行の資産運用方針への影響である。一部資産については、リスク掛け目が上がれば投資妙味が薄れ、運用方針の見直しが迫られるかもしれない。
このような資産として第一に注目されるのは株式運用である。マイナス金利下で有力な運用先と考えられる高配当株だが、リスク掛け目が、現在の約140%から250%へ、1.8倍に膨らんでしまうので、同じリスク・リターンを得るには、配当等の総リターンが1.8倍以上高い株式を探す必要がある。
第二に、大企業向け貸出へのマイナス影響が懸念される。例えば、銀行のメイン先大企業が赤字を計上したとする。現在は、ヒアリング等を経たメイン行が、融資を続ければ倒産はあり得ないと判断した場合、独自計算のリスク評価を据え置くこともできる。しかし新規制の下では、大企業貸出のリスク掛け目は格付機関の格付けに基づいて決まる。外部格付では日本特有のメイン行の支援はそこまで考慮されない。このため、大企業の業績が悪化した際には、格付機関の格下げで、銀行が支援しにくくなるといったケースが発生しうる。
第三に、資源・エネルギー関連与信も問題がある。プロジェクト・ファイナンスのリスク掛け目が上昇することから、来期以降満期が増加した際に、再貸しがしにくくなる可能性がある。
更に、マイナス金利でインターバンク市場の収縮が懸念される中、規制が追い打ちをかける可能性がある。為替スワップ等についても、相手行のリスク算出が厳格化される見通しで、海外投融資に逆風である。特に邦銀の場合、前述の通り、格下げリスクがあるため、格付機関への依存を高める本案の影響を受けやすいと考えられる。
巨額の余剰資金はどこに流れやすいのか
このような環境下で消去法的に残る運用先は、現時点では超長期債が筆頭格であろう。しかし、これも、現在「自国の国債の信用リスクを 'ゼロ' に放置するべきか否か」という、金融規制最大の難問が話し合われている最中であり、中長期的には大きな不確実性を抱えている。
だとすると、金融機関が積極化しやすいと考えられるのは、例えば、高格付の国内社債、地方債、中小企業融資など、今回の規制上の取り扱いが比較的緩く、安定的な分野である。株式については、一定の投資は続くと思われるが、今回の規制が施行された場合、これまで以上に選別的にならざるを得ないだろう。
規制実施までには間があるので、ハイリスク市場への規制影響が表面化するまでには時間がかかると思われるが、中期的には、資金の集まりそうな債券関連商品への投資(公社債投信等)にも注目したい。