3月10日、ECB(欧州中央銀行)が事前予想を上回る金融緩和を決めた。欧州メディアは、これを'バズーカ'と呼び、これを受けた翌日の世界の株式市場は、金融株を中心にそろって上昇した。
今週は日米の金融政策決定会合も予定されている(日本は14-15日、米国は現地時間15-16日)。双方ともに動きなしとの市場コンセンサスが固まりつつあるが、低インフレの日本については、今後数回の会合での追加緩和は必至だろう。
近時は他の地域で導入済みの金融政策を修正しながら導入する例が目立つ。特に日本とユーロ圏では、低インフレ、銀行中心の間接金融システム、量的緩和のための購入資産不足などの共通点もあり、近い金融政策が取られやすいとみられる。このため以下では、ECBの先週の決定を概観し、今後日本でとられやすい金融政策とその実体経済と金融機関への効果を検討する。
ECBの新たな追加緩和策の概要:「量」+「質」+「金利」三拍子そろって市場予想以上
今回のECBの追加緩和のポイントは、1)資産購入額を、毎月600億ユーロから800億ユーロに増額(=量)、2)買い入れ対象資産に、事業法人の発行する社債を新たに追加(=質)、3)主な政策金利を揃って引き下げた上、長期資金供給オペ(TLTRO2)については、積極的に貸出を行う銀行に対してマイナス金利で資金を提供するとした(=金利)(図表1)。世界中の金融関係者の予想を下回った前回の発表からは一転、市場予想を上回る内容となった。
これだけ広範な緩和策を取った背景には、ECBの抱える3つの課題があったと思われる。第一に、前回15/12月の決定会合のような市場の失望を回避すること。このため、資産購入額は市場期待の毎月700~750億ユーロを上回るものが提示された。ところが、資産購入額を市場予想以上に拡大した場合、現在の買い入れ基準を満たす一部の国債(ドイツなど)が今年の年末までに枯渇しかねなかった。そこで、先行する日銀に続き、ついに純民間企業の社債購入に踏み切ったと思われる。もっとも、社債購入はあくまで補完的で、月額数十億ユーロ程度と、国債に比べて小規模となるとみられている。
ECBの2つ目の課題は、民間貸出の伸びに勢いがないこと。マイナス金利導入後、じわじわと増加はしているものの、依然として、伸び率は1%~2%と振るわない。特に事業法人向けは、改善傾向にはあるものの、前年比横ばい近傍をさまよっている(図表2)。ユーロ圏では貸出の伸びがGDP成長率と連動しており、特にリーマン・ショック以降は、銀行のリスク回避的な姿勢から、貸出がGDPの成長を下回っている(図表3)。成長しないと貸出が伸びない、貸出が伸びないと企業も成長できない、というデッドロックに陥っているとみられる。
このような状況を受け、今回ECBは、民間銀行に対する長期資金供給オペ(TLTRO2)の条件を大幅に緩和し、住宅ローンを除く貸出の増加幅に応じて、市中銀行に対してマイナス40bp(=中銀預金金利)という低金利で資金を提供することとした。つまり、市中銀行が、この枠組みを使って資金を調達した場合、満期には元本より少ない金額を返済すればいいことになり、銀行の利益を実質的に嵩上げするとみられる。
従来は「リファイナンス金利」(今回、年率5bpから0bpに引き下げ)が適用されていたため、市場金利(Libor)がマイナスとなっている現状では、優良行にとってのメリットは少なかった。しかも、今回は、借り入れた資金を2年後には返済することも可能というオプションまで付与された。
ユーロ圏の銀行では、日本と異なり、預貸率(貸出残高÷預金残高)が100%を超えていることから、預金以外の資金を調達しないと貸出が自由に増やせない。このため、マイナス40bpでのECBからの資金供給の効用は大きいとみられる。
ECBの第3の課題は、低金利や与信費用増などによる金融機関の収益悪化懸念である。上記のTLTRO2のマイナス金利適用は、これに対しても一定の効果をもたらしうる。更なるマイナス金利幅の拡大は銀行システムへの懸念を増幅させないためにも銀行に対する'スィートナー(甘味料)'が必要だったとみられる。
今後の日銀の政策へのインプリケーション
今回ECBは、日銀等他国が既に採用している施策のいくつかを一層強化して導入した。例えば、社債の購入は、日銀が既に2013年に導入していたものである。長期資金供給オペ(TLTRO2)に貸出増加部分のインセンティブを付けるという手法も、英国で2012年に導入され、日銀が翌年「貸出増加支援基金」として開始した流れを受けている。しかも日銀では市中銀行への貸出金利は0.1%に据え置かれているが、ECBは、貸出を増加した銀行にはマイナス金利で資金を提供することとして市場を驚かせた。
逆に日本の1月29日発表のマイナス金利は、欧州各国の先例にならったものである。マイナス金利適用に階層を設けるという手法も、北欧やスイスで先行例がある。
このように互いの金融政策に'共鳴'し合うという流れは今後も続くだろう。低インフレ等の共通の悩みを抱える上、既に他の地域で導入されている施策であれば、市場もその政策を理解している分混乱を避けやすいことが背景にあると思われる。
日銀の次の施策とその効果
これらを踏まえ、日本の当面の金融政策について考えてみたい。前述の通り、今週14-15日の会合で更に大胆な施策を取るとは考えにくいものの、現在の物価上昇率低迷を考えると、近いうちになんらかの追加緩和を打ち出さざるを得ないだろう。
だとすると、日銀の次の一手としてはどのような手段が有力だろうか。世界的に例を見ない全く新しい手法が出てくる可能性もあるものの、やはり、市場の反応が読みやすい他地域の施策から検討する可能性が高いと思われる。
具体的には、1)資産購入額の更なる積み増し、2)購入資産に地方債を追加、3) 貸出支援基金へのマイナス金利適用(日銀から市中銀行にマイナスで資金を提供)、4)日銀当座預金のマイナス金利の幅拡大などがありうると思われる。これらの施策の効果の度合いは以下の通りと予想する。
1)の資産拡大を行うとすれば、購入可能額を増やすためにも、2)の地方債を対象に加える可能性が高いだろう。ECBも昨年12月から地方債を購入対象に加えたことや、政府の地方創生の方針とも合致するため、やはり政策候補の一つと思われる。しかし、日本の地方債市場は59兆円(16/1月末)と、国債を中心とする債券市場全体1,100兆円のわずか5.4%となっており、市場の流動性も低い。しかも、もし地方債の購入に踏み切った場合、ますます国債購入が限界に近いという印象を市場に与えかねない点が弱みである。
しかし、効果の面では、1)よりも、3)の貸出支援基金の金利引き下げの方が高いと思われる。日本の貸出支援基金の使用残高は2月末時点で31兆円と、貸出全体(約500兆円)の6%に過ぎない。長期安定資金であり、預金保険料の支払いも不要ではあるなどのメリットはあるものの、預金が過度に集まっている中では活用には限界がある。しかし、マイナス金利で調達できることになれば、確実に銀行の貸出のモチベーションにつながるだろう。但し、邦銀の財務状況は良好であり、欧州ほどには銀行の収益を支える必要はないことから依然実施は不透明である。
4)のマイナス金利幅の拡大は、金融機関の収益に対する悪影響が大きいため、かなり難しいと思われる。ECBも日銀も、マイナス金利政策の銀行収益への配慮に言及している。加えて、日本の銀行の貸出金利は、他国と比べて政策金利の割に低すぎる(図表6)。前掲図表4の通り、預金が余っているため銀行間の競争が激しくなり過ぎていることが背景である。このため日銀は、マイナス金利幅の更なる拡大については、副作用も含めた影響を見定めつつ、やや時間をかけて検討する可能性が高いと思われる。
今後何らかの追加緩和があれば、実体経済には多かれ少なかれプラスとなるだろう。しかし、金融政策はメニューが増えてきた分複雑になってきているため、それぞれの施策の本当の効果を個別に見定める作業が必要である。特に銀行に対してはプラスとマイナスが混在することから、慎重に吟味する必要があるだろう。