足元で金融機関への市場の懸念が拡大している。年初来、世界の29行の上場大手銀行(Global Systemically Important Banks)の株価は平均で26%下落した(図1)。金額にして60兆円以上の時価総額が失われた計算である。
過去の金融危機時と同様、この動きは、クレジット・スプレッドの拡大と連動している(図2)。特に、足元で利益への不安感が広がっているドイチェバンク(独)、ウニクレジット(伊)、クレディスイス(スイス)など欧州の金融機関の株価は、クレジット評価以上に悪化している。
現状の世界の大手行の財務力分析:過去のどんな危機の時より安心
では、G-SIBsの財務力は現状どこまで脆弱なのか。図3にあるように、資本比率は中央値で11.1%(最後の年度末決算基準、経過措置ベース)と高く、不良債権比率も中央値で2.2%と低い。なお、G-SIBsの所要普通株式等Tier1比率(CET1比率)は、2016年度から段階的に引き上げられ、2019年には、銀行の規模と業務によって、8.0%~9.5%となっている。欧州では健全性が相対的に低めの銀行が多いものの、それでも、資本比率については、全行で最低値を1ポイント以上上回っており、08年の世界金融危機当時と比べても格段に改善している。
多岐にわたる懸念材料 - 今回は原因の特定が難しい
では、金融システムは、今後どの程度のストレスに対応できるのだろうか。現在、世界の金融システムに対する懸念要因として実に様々なことが議論されているが、その主なものとしては、1)エネルギー関連与信、2)欧州の金融機関の収益低下(日欧ではマイナス金利による本業収益の低下)、3)新興国の信用力、4)これらを受けた規制資本への影響、特に足元ではハイブリッド債券(AT1 = Additional Tier 1債、劣後債など)の利払い停止懸念、などが挙げられる。
今回の市場の動揺は、過去の危機に比べて、その要因を一つに特定することは難しい。このため、市場が不安心理から脱するためには、これらの一つ一つを検証していくことが重要である。まず今回は、リスクの波及が読みにくい 1)のエネルギー関連のリスクを検証する。
エネルギー関連与信では、クレジットサイドでネガティブニュースが続いている
1月末から今週にかけ、エネルギー与信に関連する格付け見直しの発表が相次いだ。
ムーディーズは1月21~22日、世界で175社のエネルギー関連企業の格付けを引き下げる方向で見直すと発表した。3月までに大半の結論を出すとしている。大幅な格下げがあれば、財務制限条項(コベナンツ)などによっては、プロジェクト融資の支払い金利が上昇する可能性もある。また、エネルギー与信に対する銀行のリスクウェイトが上昇する場合もあるため、次回の借り換えが困難になるという懸念もある。
続いて2月9日には、S&Pが、米国でエネルギー与信の比率が高い地銀4行 (BOK Financial Corp., Comerica Inc., Cullen/Frost Bankers Inc., Texas Capital Bancshares)を格下げした。しかも、格付けの見通しは全行について「ネガティブ」とされている。
一般に格付けは遅行指数となる傾向がある。しかし、格付けが一定以下に下落してくると、それを見た金融機関や債券投資家が資金を提供できなくなるため、格下げが次の格下げを招くという悪循環に陥ることがある。特に、情報が限られる疑心暗鬼の市場ではその傾向が強い。
当面最大のリスクは、開示の遅れによる市場の「アンカリング効果」
エネルギー関連与信については、現状金融機関の開示がまちまちで、しかも、どの程度のストレスでどの程度の損失が発生するのかについてはあまり開示がない。今後銀行からの開示が進む可能性はあるものの、それより先に、巨額な損失額の予想などが市場に飛び交うと、市場はその数字にとらわれてしまい、その後小さ目の数字が出ても納得しないことが多い。先に提示された数字がその後の理解をゆがめるという、代表的な認知バイアスの一つ、「アンカリング効果」である。今後の開示のプロセス、格下げの範囲等をみるまでは不透明感が払しょくしにくいだろう。
エネルギー関連与信の現状:一時期の原油価格上昇で大きく拡大、償還額増加へ
エネルギー関連与信は、一時期の原油価格の上昇を受け急成長してきた。例えば米国のエネルギー関連の社債残高は、06年から15年にかけての10年で4.2倍に拡大、金額で、6,000億ドル以上増加した(図4)。特に、原油価格が概ね80ドルから100ドルのレンジの頃に大きく貸出が増加していることがわかる(図5)。
しかも、各業者の負債比率の上昇も影響している点も懸念される(図6)。とりわけ新興国では、ドルの金利上昇もあり、収入と借入の通貨のミスマッチがあれば、米ドルの上昇もマイナスに働く(新興国リスクについては、別途リポートする)。
これらのことから、今後、エネルギー与信の満期時の借り換えは厳しくなると思われる。図7の通り、新興国のエネルギー与信は、来年以降毎年4兆円以上満期を迎えるとみられるため、前述の格付けの動きは重要になってくる。
但し、大手行への影響は限定的。短期的に実体経済に大きく波及するほどの規模ではない
しかし、エネルギー与信の問題は、実体経済に危機をもたらすほどの規模ではないと考えている。G-SIBsでは、与信全体に対するエネルギー関連与信額の割合は、2~5%程度となっている。今週S&Pに格下げされた米地銀では、10%を超える銀行もあったのに比べると(BoK Financial, Cullen/Frost, Hancock Holding など)、コントロール可能なレベルであろう。プロジェクトによっては、価格の下落についてある程度ヘッジも行われている模様である。米大手銀各行は、1バレル30ドル程度が一定期間以上続いたとしても、与信費用は1,000億円以下に留まると発言している。通期の税引前利益の数%に過ぎないレベルである。更に、前述の通り、リーマンショック後の資本の備蓄もある。
なお、邦銀の海外エネルギー関連与信は15年9月末時点で以下の通り開示されている(図8)。一部の大手行では、原油価格が1バレル30ドル程度に1年間留まったとしても、追加損失は500億円に満たないとコメントしている。悲観シナリオとして、米大手銀と同様の損失が発生すると仮定しても、各行1,000億円前後とみられる。これは今期計画税前利益に対して1桁%程度であり、十分吸収可能である。
まとめ:エネルギー関連の不透明さは今後1,2か月で緩和される
エネルギー関連のリスクについては、格付け会社の判断や今後の決算での与信費用額等、確認すべきデータも多いものの、今後1,2か月のうちに様々な開示が進めば、不透明要因は徐々に緩和に向かうとみられる。とはいえ、こうした不安の払拭は時間との闘いでもある。更なる原油価格下落や、ベネズエラなどの小国の財政不安の他国への伝搬懸念は燻る。次回以降、これらのリスクについても検証したい。