◆「貨幣錯覚」という現象がある。お金の価値を実質ではなく名目で判断することだ。例えば、お給料が(極端な例だが)倍になったとしよう。うれしくなって、ぱーっとお金を使ってしまうのは無理もない。だがこの時、インフレで物価も倍になっていたとすれば、実質的な購買力は変わっていないのだから、浪費は慎むべきだ。しかし、人はなかなかそうした実質で判断することが苦手である。最近の株式市場でも、これと似たようなことがあるのではないか。
◆先週、7月25日に日経平均株価(以降、「日経平均」)は急落し、前日比1285円安と2024年最大の下落幅を記録した。2000年以降で日経平均の下落幅が1000円を超えたのは13回ある。25日の下げはそのうちワースト3に当たる。最大の下落幅は2000年4月17日の1426円安。これは日経平均30銘柄同時入れ替えという、いわば「人為的事故」のようなものだ。下落幅ワースト2は英国の国民投票でEU離脱が確定した2016年6月24日の1286円安。今回はそれと同等の大きさで、まさに記録的な下げとなったわけである。
◆しかも、7月12日にも1033円安を記録している。これは2000年以降のワースト10位である。わずか1ヶ月のうちに歴代10位に入る下げ幅を2回も記録した。これだけの下げを演じられると、新NISAのスタートを契機に投資を始めた経験の浅い人は「相場は怖い」と思ってしまうかもしれない。しかし、そこには錯覚がある。確かに下落「幅」は大きいが下落「率」ではそれほどでもない。25日の日経平均1285円安は下落幅ではワースト3位だが、下落率は3%程度で2000年以降のワースト100位である。
◆日経平均が4万円だとすると、1000円の値幅は2.5%である。2000年以降で一日の値幅が2.5%超動いた日は792日あり、それは全体の13%に相当する。この確率を当てはめれば、月に2.6回は2.5%超の値動きがあることになる。日経平均4万円時代は、月に2,3回、1000円の値幅で株価が動くことは、珍しいことではないのである。変動率(ボラティリティ)はあまり変わらないが、値幅は大きくなる。株価の絶対水準が高くなったのだから、値幅が大きく出るのは当たり前のことである。
◆いわば「下落幅」が名目で「下落率」が実質のようなものだ。経験の浅い人には、名目(見た目)の振れ幅の大きさに惑わされずに、ぜひ実質で相場変動を捉えるようにアドバイスしたい。さきほど、こんな下げに遭遇した経験の浅い人は「相場は怖い」と思ってしまうかもしれない、と述べた。誤解しないで欲しいのは「相場は怖い」という感覚は正しいということである。それは「錯覚」などでは決してない。