半導体・AI業界で強い存在感を持つ中華系人材

TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]の株価が好調

台湾の半導体製造大手TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]は7月10日、6月の月次売上高が前年同月比32.9%増の2079億NTドルになったと発表した。TSMCの売上高は2024年1月に前年同月比でプラス成長に転じて以降、6ヶ月連続で1年前を上回り、6月も過去最高を更新した。

AI(人工知能)向けの旺盛な需要を背景にTSMCの株価は上昇を続けており、米国株式市場で取引されているADR(米国預託証券)の価格は年初来で8割以上も上昇している。TSMCの株価は台湾株式市場でも最高値をつけており、TSMCは今やアジアで最も企業価値の高い企業となっている。

TSMCは1987年、世界初の国策ファウンドリメーカーとしてモリス・チャン氏によって設立された。2018年に引退するまでの31年間、チャン氏はTSMCのトップに君臨、業界の「ゴッドファーザー」と呼ばれている。18歳の時に米国に留学したチャン氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)で機械工学を学び、米スタンフォード大学で電気工学の博士号を取得した。

当時、一流大学を出たにもかかわらず、米国において中国人である彼にまともな就職先はなかったという。時を同じくして、シリコンバレーに半導体産業が興り始める。チャン氏は、当時、まだベンチャー企業だったテキサス・インストゥルメンツ[TXN]に1958年に入社。IBMの大型コンピュータの一部品であるトランジスタ製造を担当し、同社で25年間勤務して上級副社長にまで上りつめた。

TSMCを設立したチャン氏、画期的なビジネスモデルで成功

その後、チャン氏は「台湾で半導体産業を振興したい」という台湾政府の意向を受けて、台湾の工業技術研究院(ITRI)院長を務めた後、専業ファウンドリー企業であるTSMCを設立した。チャン氏、54歳の時だった。当時、日本を含む世界の半導体メーカーは熾烈なシェア争いを行った結果、過剰な設備を抱えていた。そもそも需要が低迷しているところに、製造だけを請け負う企業というアイデアは当時としては奇想天外に受け取られたという。

しかし、チャン氏は行き過ぎた設備投資競争の後、世界の半導体産業が垂直統合から水平分業へと構造変化し、生産設備を持たないファブレスが台頭することを読んでいた。ファブレス化が進めば、ファウンドリーの需要は膨らむ。日本の半導体企業を含む多くの企業が出資を断ったが、唯一オランダのフィリップスだけが出資に賛同し設立にこぎつけた。

同じころ、米国のシリコンバレーでは、小規模のベンチャー企業が誕生し、最先端の半導体設計に成功した企業が続々と現れたが、小さなベンチャー企業にとって、製造ラインを持つのは不可能だった。そこに手を差し伸べたのがTSMCだった。設計開発だけを行うファブレス半導体企業はこぞってTSMCに製造を委託した。

TSMCの最大の功績はこのファウンドリーと呼ばれるビジネスモデルを確固たるものにしたことである。1980年代から1990年代にかけて半導体業界において大きな変化が2つ起きた。1つは産業政策の旗振り役として国が積極的に関わったこと、2つ目はビジネスモデルの変化だ。半導体業界の構造が垂直統合型から水平分業型へと大きく転換した。この2つ目の要因がTSMCというファウンドリーの雄を生み出すきっかけだった。

チャン氏だけではない。中華圏の国々から米国に移り住んだ人々やその子供たちが半導体とAIの分野において目覚ましい活躍を見せている。半導体メーカーのエヌビディア[NVDA]を創業したジェンスン・フアン氏、AMDのCEO(最高経営責任者)であるリサ・スー氏、AIサーバーを手がけるスーパー・マイクロ・コンピューター[SMCI]のチャールズ・リャンCEOは台湾出身だ。また、ブロードコム[AVGO]のホック・タンCEOはマレーシア生まれの中国系アメリカ人である。

米民主党元下院議長のペロシ氏、ブロードコム[AVGO]に新たな投資

そのブロードコムに米民主党のナンシー・ペロシ元下院議長が新たな投資を振り向けたことが明らかになった。公開された資料によると、ペロシ氏は6月24日から7月1日にかけて合計4回の取引を行った。6月24日にテスラ[TSLA]を2500株売却する一方、権利行使価格800ドル、有効期限2025年6月20日のブロードコムのコールオプションを20枚購入。その2日後、エヌビディアをさらに購入し、7月1日にビザ[V]を2000株売却した。

ペロシ氏が新たにコールオプションを保有したブロードコムは、半導体とインフラ・ソフトウエア製品の世界的サプライヤーで、そのデバイスはiPhoneなどにも搭載されている。個別顧客向けの特注型ロジック半導体ファブレスメーカーで、生産はTSMCなどのファウンドリーに委託している。

直近の業績は好調だ。ブロードコムが6月13日に発表した2024年2-4月(2024年10月期第2四半期)の決算で、売上高は前年同期比43%増の124億ドル、純利益は21億ドルと1年前から39%減少した。大型買収に伴う費用がかさんだことから減益となったが、売上、収益ともに市場予想を上回った。好調をけん引したのはAI関連の売上だ。

【図表1】ブロードコムの売上高と純利益の推移
出所:決算資料より筆者作成
【図表2】セグメント別売上高
出所:決算資料より筆者作成

事業セグメントは「セミコンダクター・ソリューションズ」と「インフラ・ソフトウエア」の2つに分けられる。第2四半期のセミコンダクター・ソリューションズは、大規模データセンターに使われる生成AIシステム向けが好調で売上高は72億ドルだった。一方、インフラストラクチャー・ソフトウェアについては、第1四半期より買収したVMwareの売上高が加わったことから前年同期と比較して大きな伸びを示した。

今期(2024年10月期)の見通しについて会社側は、通期の売上高予想を510億ドルと、第1四半期時点に示した見通しから10億ドル引き上げた。買収したVMwareの収益貢献によって全社で大幅な増収が予想されるが、引き続き、買収関連費用と再編・統合費用などの影響で減益となる見通しだ。ただし、来期(2025年10月期)にはこうした費用が減少し、増益に転換することが期待されている。

ブロードコム、買収によるサクセスストーリー

エヌビディア同様、ブロードコムが10対1の株式分割の実施を発表

ブロードコムは7月15日付けで10対1の株式分割を実施すると発表した。10分割を発表したのはエヌビディアも同様だ。ブロードコムはエヌビディアと比較して語られることも多い。フォーブスは6月17日に「『次のNVIDIA』と期待、半導体ブロードコムの時価総額が120兆円突破」と題する記事を掲載した。

それによると、バンク・オブ・アメリカ[BAC]のアナリストは、7月13日の顧客向けメモで、ブロードコムをエヌビディアに次ぐ「第2位」のAI銘柄と呼び、同社の時価総額が将来的に1兆ドル(約157兆円)に届く可能性を示唆した。バンク・オブ・アメリカは、現状で1700ドル台のブロードコムの目標株価を2000ドルに設定しているとのことだ。

ただし、ブロードコムはエヌビディアとは異なり、最先端の汎用GPU(画像処理半導体)を手がけているのではなく、各顧客の特定のユースケースに合わせたカスタムチップを通じてこの業界に参入している。例えば、グーグル[GOOGL]が手がけるオリジナルのTPUチップの設計などを担っている。

ブロードコムは2023年秋に、クラウドコンピューティング企業のVMWareを690億ドルで買収した。この買収は、当時、2020年代で2番目に大きな買収ということで話題となったが、これによりブロードコムはインフラストラクチャー・ソフトウェア事業への参入機会を増やし、今第2四半期には会社全体の売上が大きく伸びる結果となった。

ブロードコムのサクセスストーリーは、戦略的買収と最先端技術への絶え間ない注力の賜物だと言える。2009年、ヒューレット・パッカードの半導体製品グループからスピンオフして設立されたアバゴ・テクノロジーズが株式を公開したのがその旅の始まりだ。

2013年には大手チップメーカーのLSIコーポレーションを66億ドルで買収した。大きく飛躍するきっかけになったのは2016年のアバゴによるブロードコムの買収だ。これにより多様な製品ポートフォリオを持つ半導体の大企業となった。買収時にアバゴは社名をブロードコムに変更したが、ティッカーシンボル[AVGO]は残したまま現在に至っている。

2019年8月にはウイルス対策ソフト大手のシマンテックの法人向け事業を買収し、サイバーセキュリティ分野への多角化を図った。そして、2022年5月に仮想化ソフト最大手の「VMware」の買収を発表。この買収が2023年11月に完了し、現在では8000億ドル近い時価総額を誇る世界的な半導体およびインフラストラクチャー・ソフトウェアの巨人となった。

【図表3】ブロードコムの売上高推移と買収の歴史
出所:各種データより筆者作成

ブロードコムのタンCEOは、第2四半期の決算発表時に開かれた投資家とのミーティングにおいて、VMwareとの統合は非常に順調だと述べている。そして「ブロードコムは唯一無二の存在だ」と付け加えた。この自信に満ちた発言は、技術革新、戦略的買収を効果的に組み合わせることにより、ブロードコムが独自の地位を確立した競争力を備えた企業であることを表しているだろう。

石原順の注目5銘柄

ブロードコム[AVGO]
出所:トレードステーション
TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)[TSM]
出所:トレードステーション
エヌビディア[NVDA]
出所:トレードステーション
アドバンスト・マイクロ・デバイシズ[AMD]
出所:トレードステーション
スーパー・マイクロ・コンピューター[SMCI]
出所:トレードステーション