◆いまや、投資家の中で米半導体大手エヌヴィディアの名を知らない者はいない。同社を株式市場の主役の座に押し上げたのが生成AIの爆発的な需要拡大だ。AIに尋ねればできないことはないというくらいに、世の中はAI一色だ。こうなるとAIの悪用という厄介な問題も生まれる。サイバー犯罪などに不正利用されるのを防ぐため、ChatGPTなどの生成AIには、悪質な命令には応じない対策(ガードレール)が施されているのだが、1年くらい前からガードレールがないことを売りにする生成AIが登場している。
◆さっそくガードレールなしのAIが不正利用されたケースが発覚した。インターネット上で公開されている生成AIを悪用してコンピューターウイルスを作成したとして警視庁は先日、川崎市の無職の男(25)を不正指令電磁的記録作成の疑いで逮捕した。生成AIによるウイルス作成の摘発は全国で初めてとのこと。男はネット上に無料公開されていた作成者が不明な3つの生成AIを使い、データの暗号化や身代金要求などに必要な設計情報を回答させていた。
◆男が作成したウイルスには標的となるデータを暗号化した後に破壊したり、暗号資産を要求したりする機能があったという。男は元工場作業員でIT関連の知識を学んだ経験もなかった。男本人が「AIを使えばウイルスの作成ができるのではないかと思い情報収集していた」と供述している通り、十分な知識がなくてもAIの指南があれば誰でもコンピューターウイルスさえも作成できることが証明されたのだ。恐ろしい時代になったものである。
◆男は「楽に金を稼ごうと思った」と容疑を認めているという。しかし、ITの知識がない者が3つの生成AIを使い回して情報収集し、ランサムウエアを作成するというのは、それなりに労力が要る。決して「楽」な作業ではないはずだ。それだけの手間暇をかけるなら、どうしてもっと真っ当なやり方で稼ごうと思わなかったのか。当たり前だがAIに罪はない。それを使う側 ‐ 人間の問題である。
◆と、ここまで先週金曜日に書き上げていて、週末はのんびり過ごそうと思っていたら、土曜日の日経朝刊コラム「春秋」を読んで愕然とした。コラムの内容がまったく同じであったのだ。先方は日経だから「私の履歴書」趙治勲のネタから、僕は株のストラテジストだからエヌヴィディアから入ったが、メインはAIの悪用事件である。「いかに便利な技術も、使い方やつきあい方を決めるのは人間だ」とオチまで一緒だ。まあ、時事問題を扱うコラムはみんな同じものを見ているだろうから「ネタかぶり」は日常茶飯事。そこを独自の視線でいかに切り口鋭く書くかが勝負なのだが…。やはり先方は文章のプロ、日経「春秋」のほうが上手い。こうなればAIにお願いしてみよう。AI悪用事件を扱ったコラムで、日経の「春秋」を上回る優れたコラムを書いて、と。モラル違反でガードレールにはね返されるだろうか。