◆父が他界したのは20年前の2月20日。突然死だった。夕方、外出から帰宅した母が布団の中で冷たくなっていた父を見つけた。その経験から当時の 僕の死生観は、「ひとはあっけなく死ぬ」というものだった。そうしたなか、死者13人、6千人以上の負傷者を出した日本史上最悪のテロ、地下鉄サリン事件 が起きた。父の死からちょうど1か月後、1995年3月20日のことであった。
◆事件はまだ終わっていない。オウム真理教の元代表、麻原彰晃こと松本智津夫に対する死刑判決は確定しているが、現在もなお東京拘置所に収監された まま刑は執行されていない。それをもってして事件が終わっていないというのではない。アレフ(オウム真理教が改名した団体)に今なお多くのひとが入信して いるという。史上最悪のテロ事件を引き起こしたカルト集団に入信するひとが後を絶たないということに驚愕するのである。
◆勧誘手口の巧妙さ、人間の弱さにつけこむマインドコントロール、詐欺事件と同根、etc.いろいろな分析がなされる。こうしたカルト集団はアレ フ=オウムのみならず、実は他にも存在し拡大しているかもしれない。オウムが特殊な狂信教であったと切り捨てれば問題を見間違う。それに入信する側の需要 が世の中に少なからずあるという厳然たる事実。そこに問題の所在がある。
◆社会がいかに対応していくか。膨大なエネルギーが必要となる。経済的にも労力的にも精神的にも多大なコストだ。しかし、それは社会の安定のために 必要なコストである。そういう認識がこの20年で少しでも広がっただろうか。心許ない。いかにこのコストを管理しながら健全な社会を維持・構築していく か。答えが簡単には見つからない難題を、それでも一生懸命に考えていくことは、現代社会の構成員であるわれわれ全員の責務である。
◆明日、彼岸の中日には父の墓参りにいく。20年前はただ「ひとはあっけなく死ぬ」ということしか思わなかったが、それから20年経った今では、 「死んでもずっと一緒にいる」という思いに変わった。養老孟司著『身体巡礼』によれば、日本ではひとが死ぬと向こう側(彼岸)に行くが、ヨーロッパでは ずっと「そこ」にいるという。生前、フランス映画を愛した父は欧州の流儀が似合う。だから今も僕のすぐそばにいるような気がする。僕のすぐそばにいて、答 えの出ない難しい問題を一生懸命に、一緒に考えていてくれているような気がするのである。明日は春らしい、きれいな青空が広がるといい。
あくびして綺麗な空の彼岸かな (西村麒麟)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆