◆昼飯はオフィス近くの中華料理屋で食べることが多い。どこにでもある街の中華屋である。たいしてうまくないのに昼時はいつも混んでいる。客のほぼ全員がタバコを吸い、昼間からビールなどを飲んでいる。そんななかで食事をするのは嫌だから、僕は開店してすぐの空いている時間を狙っていく。たいてい客は僕ひとりだが、たまに先客がいると、僕は暗澹たる気分になる。
◆じいさんがひとり、ホールで注文をとり料理を運ぶのだが、他に客がいるとまともに注文が通ることは稀である。「ええっと、炒飯はこちらさんでよかったかな?」「俺が頼んだのはタンメンだよ」「レバニラ、お待ちどう!」「だからタンメンだって」「はい、天津丼です」「タ・ン・メ・ン!」
最近、高速道路を逆走する認知症のお年寄りが問題になっているが、このじいさんも間違いなく逆走するだろう。
◆そんな、どうしようもない店だが、ひとつ感心なことがある。国会開催期間中はテレビで国会中継を流していることだ。先週の金曜日もその店でタンメンを食べながら国会中継を見ていると、民主党の石橋通宏議員が質問に立った。内閣府試算では、2020年度に国債費は足元の20兆円台から40兆円に増加する。経済が成長しても、国の借金返済の負担が大きくなる。石橋議員は「財政健全化と言う割には無駄の削減などの取り組みが不十分だ」と主張した。
◆ご指摘はごもっともだが、民主党になにができたのか。それはさておき、僕が思ったのは、やはり金利は上がるのだということである。実質2%、名目3%成長となれば長期金利は4%程度に上昇するというのが内閣府の試算。国債費が増加するのは金利上昇で利払いが膨らむためだ。
◆ところが先日、日経新聞にこんな論説が載った。<原油安のおかげもあって、15年度の名目成長率は3%台乗せも視野に入った。異次元緩和という金融抑圧の結果、長期金利は0%近くに抑えられている。名目成長率をg、長期金利をrとおけば、15年度は「g>r」となる。いささか限定的ではあるにせよ、ピケティ理論の「r>g」とはあべこべの世界が出現したといえる>。記事は「いささか限定的」というが、いささかどころではない。今は「極めて限定的」な世界だと思うべきなのだ。
◆日経の論説はこう結ばれている。<高齢化の進展で勤労所得を得ていない世帯が増えた結果、成長率の回復が格差是正の即効薬となる保証はない。それでも「g>r」の局面が成長に弾みをつけるなら、分配問題に取り組むチャンスとなるだろう。>
◆この中華屋のじいさんだって、こんなにもうろくしながらも働いて勤労所得を得ている。たいしたものだ。成長率回復の恩恵がこの店にも及ぶといいが。などと、思いながら勘定を払うと釣り銭が少ない。「じいさん、お釣りが足りないよ」「間違っちゃいないよ、天津丼は800円ですから」
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆