◆「ビートルズの姿が現れるや、悲鳴に似た絶叫が館内を満たした。それは鼓膜をつんざくばかりの鋭い騒音で、私はいかなる精神病院の中でもこのような声を聞いたことがない」。公演を観た作家・北杜夫はそう述べた。
◆来日中に動員された警官は述べ8370人。今から50年近く前、ビートルズの初来日は、わずか5日間の滞在ながら、まるで台風襲来のような騒ぎだったという。それと比べれば、「経済界のロックスター」の初来日は、ずっとおとなしいものだった。
◆「21世紀の資本」が異例のベストセラーとなっているフランスのスター経済学者トマ・ピケティが昨日、来日した。2月1日までの滞在期間中、シンポジウム出席や東京大学での特別講義などに引っ張りだこ。忙しさで言えば当時のビートルズを上回る。
◆ビートルズの公演はプラチナチケットだったが、ピケティの講演もプラチナチケットだ。僕も申し込んだが抽選に漏れてしまった。「生」で見ることができないのは残念だったが、インターネットでシンポジウムの模様がライブ配信されたのはありがたかった。寒い夜に外出しないで済む。暖かい部屋でビールを飲みながらピケティの話を聞いた。こっちのほうが断然いい。抽選に外れて、むしろよかった。
◆こんな不熱心な聴衆もいるくらいだから、ピケティ人気も推して知るべしか。そう言えば、僕が大学生の頃、浅田彰「構造と力」という本がベストセラーになったことがある。デリダやフーコー、ドゥルーズら、フランスの構造主義、ポスト構造主義について述べた難解な書物である。当時は、「構造と力」を「持っている」ことがファッションとして流行ったのであった。「21世紀の資本」は13万部という。実売は10万部ほどか。うち5万部は、「積ん読(つんどく)」ならぬ「持っ読(もっとく)」ではないか。だが、そのくらいでちょうどよい。ピケティが登場して、悲鳴に似た絶叫が響くようでは世も末である。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆