◆今年の夏休みは米国西海岸を旅行してきた。郷に入っては郷に従え、ではないが、旅先ではその土地の食べ物を食べるに限る。その土地の食べ物が一番おいしい。アメリカならば、ハンバーガーやステーキだ。ということで、今や日本でもブームになっている熟成肉のステーキを連日のように食べ続けてきた。
◆小学3年生の娘にも英語の練習になるからと、簡単な受け答えは本人にさせた。「How many? (何人様ですか)」「Three.(3人です)」「Would like something to drink? (何かお飲みものはいかがですか)」「Ice tea, please. (アイスティーをお願いします)」くらいは言えるようになった。そしてステーキを注文するとき、「How would you like your steak?(焼き加減はいかがしましょうか)」という質問に対しても「Medium rare, please. (ミディアム・レアでお願いします)」と答えられるようになったのだ。反復練習の成果である。頭で考える前に、フレーズが口をついて出るようになることが肝心だ。
◆ミディアム・レアの焼き加減とは「半生」ということだ。「半生」「生焼け」と言えば、今のアメリカ景気の状況がまさにそうではないか。失業率は5%台前半に低下、FRBの目標レンジに近づいてきた。その一方でインフレは沈静化している。先日発表された4-6月期の雇用コスト指数は前期比で0.2%増。市場予想の0.6%増を下回り、1982年の統計開始以来33年ぶりの小さな伸びだった。労働市場は改善しても賃金・物価が上がらない。このパズルを解くカギは何か?原油等商品市況の下落が幅広く影響を及ぼしているせいか。ひとと機械の競争か。新興国からのデフレの輸入か。成長率の長期停滞か。
◆いずれにせよ、古典的なマクロ経済学が想定する雇用とインフレの単純な関係が崩れている可能性がある。これから発表される統計次第でFRBは9月にも利上げを開始すると見られるが、その場合はかねてから自ら掲げた条件である「インフレが2%に達するという確信」を示してほしい。早すぎる利上げが景気回復の芽を摘まないとも限らない。
◆娘の夏休みの日記から。「わたしは今日、びようしつで、かみを切りました。長さはミディアム・レアです。ほんとうはロングのままがよかったけど、お母さんが、あついからもっと切りなさい、といってミディアム・レアになりました。切ってみたらミディアム・レアも、なかなか、いいです。わたしは、なにごともちょうせんしてみることはたいせつだとおもいました。」 う~ん、反復練習の副作用がこんなところに...。
たしかに何事も挑戦するのは大事だが、金融政策だけはくれぐれも慎重に願いたい。お客は「ウエル・ダン」を望んでいるのに、「生焼け」の肉を食べさせられるのはご免である。小麦色を通り越してウエル・ダンに日焼けした娘の夏休みも明日から後半戦に折り返す。暦の上では立秋だが、この猛暑はあと2週間、処暑まで続くだろう。くれぐれもご自愛のほどを。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆