◆昨日届いたマーケットメール朝刊をご覧になって、物足りなさを感じた方も多いだろう。マネックスメール朝刊は【米国株式市場】と【為替・金利】の2部構成。その為替欄を担当する山本が夏休みを取っているため、「FX戦略デイリー」が休載となっているのだ。部を預かる者として(これでも僕はフィナンシャル・インテリジェンス部の部長なのだ)、コンテンツの半分が失われた状態では読者に申し訳がたたない。そこで「枯れ木も山の賑わい」とばかりに、コラム【新潮流】、夏季限定の復活である。
◆為替担当者が休みなら、他の者が代わりに書けばいいだろうと思われるかもしれないが、「FX戦略デイリー」は山本のオリジナル・コンテンツ。【新潮流】が僕にしか書けないのと同様、「FX~」は山本にしか書けない。この「代えが効かない」というところがいい。以前僕は、「誰にも取って替わられない、自分にしかできない仕事をしようと心に決めて生きてきた」と述べた(4月24日 第218回「代替」)。今後、こうした気概なくしては、ますます職にありつけなくなるだろう。緩やかな景気回復が続き、雇用が改善しているのに、どうしてそんな危機感を持つのかって?新たな競争相手の台頭が急進的だからである。ロボットやAI(人工知能)が急速に進歩している。
◆ロバート・A・ハインライン『夏への扉』はSF文学における不朽の名作だ。1970年と2000年の二つの時代を、主人公が冷凍睡眠とタイムマシンで行き来する話をハインラインが書いたのは1957年であった。それから半世紀、作品で描かれた家庭用ロボットが実際に社会で使用され始めている。ソフトバンクが開発し売り出した人型ロボット「ペッパー」は7月受付分が完売。ソフトバンクはペッパーを接客などで一段と活用してもらうため、企業向けレンタルに乗り出すと発表した。孫正義社長いわく、「ペッパーは残業大歓迎で24時間働ける。文句も言わず遅刻もしない」。ペッパーの月給は5万5000円。これでは人間がしているペッパーと同じような仕事は、どんどんロボットに奪われていくだろう。
◆人間を助け、社会を豊かに幸せにしてくれる技術の発展なら喜ばしい。しかし、あまりにロボットやAIが進化すると、人間から職を奪い失業を増やし、デフレ圧力を強めることになる。そればかりか、もっと危険な状況になりかねない。イーロン・マスク、ビル・ゲイツ、スティーヴン・ホーキング博士らがAIの進化に警鐘を鳴らしている。「AIは潜在的に核兵器よりも危険で人類を滅ぼす」と。ここまでくると、フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の世界だ。映画『ブレードランナー』の原作である。
◆ホーキング博士らの主張を聞くと、なにか殺伐とした暗澹たる気分になる。そんなときはハインライン『夏への扉』を読むことをお勧めする。ロボットが働く未来の世界を描きながら、この作品の主題は、人間を信じることの尊さにあるからだ。物語の最後で語られる未来に対する明るい見通しも人間賛歌が根底にある。人生が、そして現代が、どんなに暗く惨憺たるものであっても、「夏への扉」はきっと見つかる。この小説に出てくる猫のピートのように、ドアというドアを試せば、必ずそのひとつは夏へと通じるという信念を棄てない限りは。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆