みなさん、こんにちは。以前のコラムでも解説した「米国中間選挙は買い」というアノマリー通り、世界的に株価は反転上昇してきました。
まだまだ水準は高いですが、米消費者物価指数(CPI)の上昇ピッチに減速の兆しが現れたことも追い風となっているようです。底が抜けたようであった為替も水準訂正が進み、先週末に日経平均株価はこれまでのボックス圏の上限にほぼヒットしてきました。
さらに上限を突破できるのかどうかが、今後の相場展開の試金石になることでしょう。東アジアの地政学リスクの高まりや国内政治の混乱は不安材料となりますが、当面はこれまでの悲観的観測の巻き戻しを試す展開になると私は予想しています。
リスキングが注目される背景とは
さて、今回は「リスキリング」をテーマに採り上げてみましょう。リスキリングというワードは、この夏以降に突然と言って良い程、一気に注目度の高まった言葉です。これには「スキル(技能)の再取得」という直訳の通り、企業において従業員の再教育が差し迫った課題となってきたという背景があります。
コロナ禍を経て、デジタル化は急速に進みました。日常生活において、今やほとんどのことはデジタルで解決でき、企業は業務効率化に向けて(IT化を超えて)DXの導入が求められるようになりました。昔ながらのやり方では、これからの時代を生き残れないのではないかという切迫感が日を追って増してきたのです。
企業としては新しい時代に対応できるよう、従業員全員のスキルのアップデートが喫緊の課題として浮上してきたと言えるでしょう。実際、多くの企業はデジタル化、IT化、そしてDXによって仕組みの変革を進めてきました。
しかし、現実に業務効率の刷新や新たなニーズに対応するにはDXを「使いこなせる」よう従業員のスキルを向上させる必要があります。「仏作って魂入れず」では、せっかく投資した仕組みも宝の持ち腐れにしかなりません。今や仕組みを作るという局面から、仕組みを使いこなすという段階への移行が必要という認識が広がってきたのだろうと私は受け止めています。
リスキリング支援に1兆円、成長産業への労働意欲を促す
そのようなニーズの高まりを受け、岸田首相は9月末に発表した総合経済対策において、リスキリングに今後5年で1兆円もの政府予算を充当する旨の方針を明らかにしました。従業員スキルの改善は企業の負担となるため、その負担の一部を政府がサポートし、国全体の効率を引き上げようという狙いでしょう。
スイスのビジネススクールIMDが9月末に発表した世界のデジタル競争力ランキングでは、日本は63ヶ国・地域のうち29位と過去最低を更新しました。評価低迷にはデジタルに関する人材不足、知識不足、国際経験の不足が指摘されています。
こうした状況を打破するためにも、単純計算ではありますが1人当たりおよそ17万円(1兆円の予算を日本の労働人口5,700万人で除した数字)の補助を政府は企業を通して援助しようという目論みなのです。
当然、この補填は企業には干天の慈雨となります。従業員のスキル向上を課題とする企業からすれば、政府からの補助によって「研修費を増大」させることが可能になるためです。おそらく、その研修費用の増分はデジタル技術やリーダースキルの取得促進などに向けられることでしょう。
しかし、リモートワークの増加などで働き方が大きく変化する中、OJTや暗黙の了解、「俺の背中を見よ」的な指導では埒が明かない状況となっていることも、また事実でしょう。その結果、外部の専門家による実践的なコーチングや研修を委託する例が増えることになるのではないでしょうか。リスキリング予算はそのような専門家を擁する企業群に向けられる可能性は大きいと考えます。
株主投資の観点から見るリスキリングの可能性
株式投資という観点からは、研修教育やビジネス講師を擁する企業がそのメリットを受ける第1候補になるものと位置付けます。これらの業界の市場規模は決して大きくありません。そのため、そこに政府からの補填予算が流れ込むとすれば、業界に与えるインパクトはかなり大きなものになると予想します。
ただし、これでリスキリングが進展し、企業が競争力を回復するほど甘いものでもないとも私は考えます。米国でリスキリングに成功した企業の例では従業員1人当たりの投資額は100万円を越えるとの報告もなされており、政府補填規模だけでは「お茶を濁す」程度にしかならない可能性があります。企業は本腰を入れて、より重い負担を覚悟する必要があるのです。
また、部署毎にアップデートの必要な技能は異なってくるため、これまでのメンバーシップ型雇用よりもジョブ型雇用の推進も必須になってくるはずです。この雇用形態の変化とリスキリングは同時並行的に進行すると考えます。
リスキリングで大きく変革できる企業は投資予算を割き、雇用システムの変化に対応できる企業に限定されるのかもしれません。そして、それこそが研修やコーチングの専門家企業群に次ぐ投資候補の本命になるのではないかと考えます。