マーケットはジャクソンホールを前に、軽い調整を見せたが、当然の一服だろう。ダウ平均も25日移動平均と33,000ドルを下値に底堅い動き。S&P500は年初高値から6月安値までの下げ幅に対する半値戻しを達成、200日移動平均で頭を抑えられた格好だが、一息つくには、良い頃合いだったということだ。
相場観は変わりない。年後半にかけてSwing Back(揺り戻し)の展開になる。無論、一本調子の戻りはないから、行きつ戻りつ(Back and Forth)しながらだ。
そんなわけで今日は、目先の相場のことを離れて、もう少し長期的な視点から、いくつかのトピックについて語ってみようと思う。月曜夜のセミナー「Monday Night Live」でいただいた質問のうち、答えられなかったものをいくつかピックアップして「マーケットの羅針盤」で回答しているが、今日のレポートはその体裁をとるものである。
Q:ハイパーインフレが起こる可能性について
ハイパーインフレの可能性は日本でありますか?
回答
99.9%ないと言える。ハイパーインフレとは貨幣がその価値を失うことだが、ではどうしたら貨幣が価値を失うか?逆の質問だが、貨幣の価値は何に担保されているか?岩井克人先生のように、貨幣は循環論法で、人々が貨幣に価値があると思うから価値がある、と言ってしまうのは身も蓋もない。人々がその紙切れでモノが買えると信じる背景には、国の信用力がある、というのがわかりやすい説明だろう。実際、過去にハイパーインフレになった例は、第一次世界大戦後のドイツや第二次世界大戦後の日本などだが、戦争によって国が滅んでしまったのだから、その政府が発行する貨幣はただの紙切れと人々が思った結果である。もう少し詳しく言うと、戦後の賠償金支払いなどの負債を中央銀行に引き受けさせたマネタイゼーションが通貨の不信となったとする見方がある。
現在の日本は世界最悪の財政赤字/GDP比だが、その巨額の財政赤字をファイナンスしているのが日銀である。これが「日本はいつかハイパーインフレに?」という懸念の根拠だと思われるが、日銀による世界最大規模のマネタイゼーションが続いてきたにも関わらず、インフレが起きなかったという事実がある(MMT提唱者がよく挙げる事例)。つまり、貨幣の信認が保たれてきた ‐ というより、デフレが示す通り、むしろその信認が強化されてきたと言える。いくつか、その理由が挙げられるが、ハイパーインフレの話は結局のところ、「政府の債務」という点しか見ていない議論だから、と言えるだろう。日本全体に俯瞰する視座が欠けているから、ハイパーインフレという話になるのだろう。
これは、どうして円が安全通貨とされるかという説明でよく使われる、日本が世界一の純債権国だから、というのが第一の説明になる。次は、政府は赤字だが、家計と企業は黒字で潤沢な資産を有しているから、という点だ。家計が直接、国債を買っていなくても、家計が預金している銀行、保険好きの日本人の多くが加入する生命保険会社、多くのひとが加入している年金基金や共済などの金融機関が国債を保有する。国債は、国から見れば「負債」だが、国民にとっては重要な「資産」である。日本全体のバランスシートが債務超過になっていないし、むしろその逆の純債権国であるので、じゅうぶん「政府の債務」をファイナンスできる「原資」があるということだ。
ここで、ではその金融機関が国債を買わなくなったら、という反論があるだろう。そうなれば利回りが上昇する。ちょっとでもプラスの利回りになれば、金融機関は喜んで国債を買うだろう。それだけ、円というおカネが有り余っているからだ。行き場がないマネーが大量にあふれている。為替リスクを考えれば、少しの金利上昇でも国債は魅力的な資産に映るだろう。
国の収入という意味では、国は徴税権を有している。2021年度の税収は67兆円と過去最高だ。過去最高でも歳出の半分しかないので債務は増え続けるが、「半分しかない」と見るか「半分はある」と見るか。まったく野放図的に国の借金が膨らむだけではないということを認識するべきだ。基本的なことを言えば国の借金は我々国民へのサービスを賄う支出であり、それの対価としての税負担がある。企業と家計がしっかりしていれば、国の負債が膨らんでも円という通貨の信認は落ちず、ハイパーインフレにはならないだろう。
企業と家計がしっかりしていれば、という条件付きである。では、この先、少子高齢化が進んで年寄りだらけの国になったら?そうなれば預貯金を増やすことができない(国債の引き受け手になれない)、税収も伸びず歳入が減る、社会保険料の担い手もなくなり年金・医療を賄うことができない、ということになれば円という貨幣の信認が落ちてしまうだろう。ただ、そのような状況になるのは、もはや国が破綻している状況である。国家の破綻は、戦争、日本沈没級の天災、今の人口動態予測の先にあるかもしれない究極の高齢化社会、などを仮定すればあり得るだろう。ハイパーインフレになる可能性はそれらの仮定が成り立つなら、あり得ると言える。