2022年は、国の年金制度が大きく変わる年です。中でも注目されているのが、4月から年金の受給開始を65歳よりも後に延ばす「繰り下げ受給」の上限年齢が従来の70歳から75歳まで引き上げられたことでしょう。
受給を1ヶ月繰り下げるごとに年金額は0.7%ずつ上乗せされ、生涯に渡って増額された年金を受け取ることができます。65歳から75歳まで120ヶ月繰り下げた場合、増額率は84%に上ります。仮に、65歳から月額20万円の年金をもらえる予定だった人が75歳まで受け取りを先送りすると、受給額は月額36万8000円まで跳ね上がるのです。
平均余命を考えると70歳までの繰り下げが無難?
2021年4月からは企業に対して、働く意思を持った従業員の雇用を70歳まで確保する努力義務が課せられています。生涯現役社会に向けた環境整備が着々と進んでおり、老後資金に不安を抱える人にとっては「定年後再雇用」と「繰り下げによる年金額大幅アップ」のセットプランが“最後の切り札”となるかもしれません。
ただ、将来繰り下げを検討する際には、考えておかなければならないこともあります。増額分だけを見れば75歳までの繰り下げが最も有利ですが、全員が全員そうとは限りません。人間には各々寿命があり、亡くなる時期によっては「65歳から受け取り始めた方が結果的に受け取り総額が多かった」ということにもなりかねないからです。
受け取り総額が65歳受給開始に追い着く“損益分岐点”の目安は、受給開始から11年10ヶ月後と言われています。つまり、70歳まで繰り下げた場合は81歳10ヶ月、75歳まで目いっぱい繰り下げたとしたら86歳10ヶ月、この損益分岐点を超えて生きないと繰り下げ効果は享受できないわけです。ちなみに、75歳まで繰り下げた時の受け取り総額が70歳までの繰り下げに追い着く損益分岐点は91歳10ヶ月となっています。
厚生労働省の「令和2年簡易生命表」によると、日本人の平均余命は男性が約82歳、女性が約88歳ですが、年金の受給開始年齢である65歳時点で存命の人を対象にすると男性約85歳、女性約90歳となります。これらの年齢を見る限り、特に男性の場合、「自分は体が丈夫だから絶対に人よりも長生きする」という自信がある人以外は、70歳までの繰り下げを選択するのが無難なように思えます。
実はもう1つ、70歳までの繰り下げが有利と考えられる根拠があります。私が取材した社会保険労務士の方の指摘によると、「平均余命の伸びを受けて、今回の改正では繰り上げ受給の減額率が0.5%から0.4%に引き下げられている。それならば、繰り下げ受給の増額率もセットで下がるのが当然なのに、据え置かれた。特に65歳から70歳にかけてはほとんどの人が存命で年金を受給しており、この期間、月0.7%の増額率が享受できるのは大変お得」とのことです。
繰り下げで「加給年金」がもらえないことも
繰り下げ受給の場合は、どう繰り下げるかにも注意が必要です。厚生年金に加入していた元会社員や元公務員の人は、2階建ての年金のうち老齢基礎年金部分と老齢厚生年金部分の両方を繰り下げることもできますし、どちらか一方だけの繰り下げも可能です(繰り上げ受給の場合は両方同時に繰り上げなければなりません)。
65歳になった時点で65歳未満の配偶者や、高校3年生(18歳到達年度)以下の子どもを扶養していると、老齢厚生年金に「加給年金」という家族手当のような加算が付きます。しかし、老齢厚生年金を繰り下げると、加給年金の資格を満たしていても、その機会を逸失してしまうことになります。ちなみに、加給年金額は配偶者だけで月額に換算して3万2400円強(年間38万8900円、2022年度)です。扶養する配偶者との年齢差にもよりますが、繰り下げて年金額を増やすよりも加給年金をもらう方が有利になるケースが少なくないのです。
こうした場合は老齢基礎年金の方だけ繰り下げれば、加給年金もしっかり受け取ることができます。加給年金は一例ですが、繰り下げ受給をする際には、受給者本人だけでなく家族の状況や世帯単位での収入などに配慮しながら、繰り下げる年金や、繰り下げのタイミングを決めていく必要があります。
一度受給を始めてしまったら、「やっぱり変更します」というわけにはいきません。人生100年時代、公的年金の受給期間も長期に渡るだけに、65歳になる前から「わが家はどんな受け取り方が一番有利なのか」をしっかり検討しておきましょう。