今日、久し振りに生まれ故郷の浦和に立ち寄りました。さいたま市長との対談という機会を得たので、敢えて浦和まで赴きました。ちょっと早く着きそうだったので、別所沼公園に寄って念願だったヒアシンスハウスも見ました。ヒアシンスハウスは立原道造が別所沼の畔に建てるのを計画していたコテージのような小さな家で、20年ほど前に有志によって実現されたものです。別所沼の雰囲気は昔と変わらず、おじいさん(おじさん?)達が釣り糸を垂れているのも昔と同じでした。

北浦和公園の中の恭慶館という施設で対談をした後、私は北浦和駅を通って東口に出て、昔懐かしい地域を散歩しました。大学生になるまで、毎日自転車で走り回ったり、通学に往き来した地域です。様々な場所が、私には胸をキュンと締め付けるように懐かしさに溢れていました。

毎日通った駅の改札口。知り合いの家、良く知った建物。2000年11月20日のつぶやき(もう21年以上前だ!前日のJ2最終節で、浦和レッズがVゴールを決めてJI復帰を決めた試合を駒場サッカー場で観た後に、今日散歩した辺りを逆に歩いた時のつぶやき)に書いたように、ほとんどの風景が変わっていないのですが、記憶の中の町並みは小学生の頃に見たスケール感に固定されていて、今見る風景は記憶の中の風景の8分の5くらいのサイズに見えました。今日は更に、50年近く前によく自転車を漕いで行った氷川女体神社まで足を延ばしました(注:歩きでも自転車でもなく、車で)。

駅から昔私が住んでいた辺りまではほぼ何も変わらない。そこからこの神社までの間は大きく変わって、昔林や畑だった地域がほぼ全て住宅地になっていました。そして神社より東は見沼と呼ばれる湿地帯のような所なので、ここはまた昔とほぼ変わらない風景でした。全部で1時間半ほどのエスケープ。郷愁は、個人の中だけにあるもの。こんなつぶやきを読んでも、皆さんは何とも感じませんよね。すみません。つぶやきなので、私的な内容ですがご容赦下さい。

原点があるから前に進める、というのはあると思います。今日の思い出は今年の大切な思い出の一つにして、また進んでいきたいと思います。