今回は、東証マネ部でも紹介している現役僧侶が目にした相続のトラブル事例をお届けします。

人が生きるということは、いろんなことを積み重ねていくということ。心もお金も、次の世代に引き継ぐべき大事な資産です。
とかく敬遠しがちなお金についても、先々を見据えてキチンと向き合うことは、この時代に必要な努め。上手に運用し、賢く次の世代に遺すには? 僧侶の視点でわかりやすく説き明かします。

はじめに

遺産相続のトラブル、これは本当によく耳にします。昼過ぎの情報バラエティ番組でもしばしば取り上げられることから、世間の皆さんにとって興味深いテーマなのでしょう。
しかしテレビの向こう側の世界として「世の中には大変な人がいるんだなあ」なんて思っているとしたら、今日から考えをあらためてください。

意外と他人ごとではないのが、遺産相続の悲劇

人の死が突然訪れるように、遺産のトラブルは思いもせず直面するのが実際なのです。はたしてどのようなことなのか。今回は、実際に起こりうる遺産のトラブルをご紹介します。

ケース1:相続の結果に納得いかない親族がいる

「長年私が亡くなったお父さんの介護をしてきたのに、相続の取り分がほかの兄弟と一緒では、割に合わない…!」

もっとも揉めがちなケースがこの手のものです。たとえば法定相続人が配偶者と子供の場合、法定相続分として子供は1/2が主張できますが、揉めごとに発展するかどうかは別として、故人との関与度に応じて「割に合わない」と感じてしまうケースはよくあります。

もしくは関わりの薄い親族に「渡したくない!」と内心思う人も多いでしょう。故人の財産の維持や増やす実績が認められる場合、多く相続が得られる「寄与分」という権利がありますが、介護費用を捻出していたり、金銭的な負担があった場合に限られます。

こんな悲劇を防ぐためには、生前から関わる人みんなが相続の当事者になっておくことが第一です。遺言をキチンと残すことのみならず、事前に当事者全員に話しておくことが求められます。

ケース2:あると聞かされていた証書の類がどこにも存在しない!

「お父さん……。生前『書類と通帳はタンスの中に入れてある』と言っていたはずなのに、どこにも見当たらない!」

そもそも遺産がどこにあるかわからない。これがもっとも多く、途方に暮れてしまう事例です。私のもとにも、「亡くなった親がどれくらい持っていたのかわからないんですよ」という相談はよく舞い込みます。

不意に亡くなってしまう人だって多い。こういった場合、まず郵便物から取引のある金融機関や信託会社を調べます。税金の払い込みに関する通知で、固定資産税の納付先から土地のありかも見つけられます。

しかし、これでわかることは「遺産の存在と内容」だけで、故人の相続に関する意思は示されていないでしょうから、先述のようなトラブルに発展するケースも当然ありえますよね。「なんとなく伝えている(聞いている)から大丈夫」では足りないということです。

ケース3:相続すべき財産が自宅不動産だけ!

「財産といっても夫名義で購入した土地と建物くらい。これを分け合うといっても正直難しいです……」

不動産をそのまま分け合うというのはほぼ不可能です。売却して分けるほかありませんが、年老いたおばあちゃんは住み慣れた家から出て行かなくてはならない…。これではあまりにも不憫です。「残された子供たちが相続分を主張しない」ことが人間らしい判断だと考えていただきたい。しかしながら、そうもいかないケースもあります。その場合は、相続人に代償金を支払うことで分与したと見なすこともあります。

ほかにも、稼業を続けるための工場やお店など、分割できない遺産はけっこうあるもの。
亡くなった故人への思いと同様、そもそも“割り切れない”のが遺産だと考えておきましょう。そして、おおらかな気持ちで臨みたいもの。遺産とはとどのつまり、棚から落ちてきたぼた餅です。落としてしまってはもったいないですが、がっついて食べようとするのは行儀が悪いと思いませんか?

ケース4:遺産を相続人が使い込んでしまった

「え、親父の遺産これだけ!? 誰か隠してしまったんじゃ…」

このように疑心暗鬼になるケースの大半は「実際にこれだけしか遺されていなかった」というものです。それはどうにもなりませんが、ごく希に通帳から引き出せる親族がこっそり懐に入れるというとんでもないケースもあるのです。

たとえば親が末期の癌だと知って、ほかの相続人に知られないうちにこっそり隠してしまうなんてことも。しかし大抵はバレてしまいます。相続の事案は税務調査がよく入るのです。はじめからキチンと分けていれば、本来納めるべき相続税で済んでいたのに、つい魔が差して隠してしまったために、その後の税務調査の結果、本来の追徴税額に加えて「重加算税」を納めることになり、あげく他の親族からの信用をなくしてしまう。

これでは目も当てられません。大金に触れると目がくらむかもしれませんが、正直さは身を助けます。遺産を遺してくれた人に誠意と敬意を持ちたいものです。

ケース5:借金の方が遺産を上回る

「親父の遺産は俺たちで。……え、こんなに借金が!?」

遺産がプラスの資産ばかりであるとは限りません。遺した故人の業を背負うのも、また遺された人の努めなのです。しかし、あまりに借金が多かったり、負債が上回ってしまう場合、相続の放棄ができます。しかし、プラスの財産も一緒にすべて放棄してしまうことになるのです。また一度放棄すると、撤回は原則的にできません。また一部だけ相続できる限定承認という方法もありますが、手続きが極めて複雑になり、遺産の調査にも高額な手数料がかかってしまうため、現実的ではありません。相続を放棄するかどうかの判断は、くれぐれも慎重になさることをおすすめします。

備えあれば憂いなし。生前からの準備が唯一の手段

ほかにも、隠し子が現れたり、遺言の内容が偏っていて納得できないものだったり、財産の一部が、生前に誰かに贈与されていたりと、遺産のトラブルを挙げたら数知れず。

込み入ったケースは少なくないとはいえ、いざ相続に向き合ったときに思わぬ事態に巻き込まれて翻弄される人たちを多く見てきました。

それを防ぐ唯一の方法は、「任せる」という意識を捨てることです。遺産を遺す側と相続を受ける側の両方が、当事者意識を持って共有することが悲劇を防ぐ最善の手立てといえます。それは早ければ早いほどいい。盤石に引き継げることのみならず、運用するという選択肢だって生まれるわけですから。

「他(た)は是(こ)れ吾(われ)にあらず」

曹洞宗の開祖・道元禅師が、中国の天童山で修行していたとき、食事を作る老僧に「どうして若い修行僧に任せないのですか?」と尋ねたときに返された言葉とされています。自分は他人ではない、つまり人任せにしてはなんの意味もないということです。

課せられた使命は自分がやってこそ意味がある。後世に幸せを託すために自発的に行動することで、自身でも得られるものがきっとあるはずなのです。