中国によるCPTPP加盟申請
9月16日、中国が「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」への参加を正式に申請し、世界に波紋を呼んでいる。
中国の習近平国家主席は既に2020年11月の「アジア太平洋経済協力会議(APEC)」首脳会議においてCPTPP参加を「積極的に考える」と表明しており、今回の参加申請自体は藪から棒に出てきたことではない。中国は2020年合意が成立し発効を待つ「地域的な包括的経済連携(RCEP)」にも参加しており、今回のCPTPP参加申請がその上でどのような意味を加えるのかを疑問に思う方も多いかもしれない。
ただ、激化する米中対立の視点に立つと、中国のCPTPP参加議論は様々な形で今後のアジア情勢を見ていく上での要点となる可能性がある。以下、3つのポイントからその重要性を指摘したい。
1:米国の対応―対案を欠いたまま握られる「毒薬条項」
第1のポイントは、中国の加盟申請への米国の対応である。CPTPPは元々2006年にシンガポールなどの4ヶ国で発効した協定であり、2010年に米国が交渉へ参加したことを契機に、にわかに大型経済協定として注目されるに至った。
その後、米国はトランプ政権の下で2017年にTPP交渉からの離脱を表明したが、その意味でCPTPPはRCEPなどと比べて本来米国が主導していた協定という認識が強い。バイデン米政権は現状CPTPPへの加盟について消極的な姿勢を変えていないが、米国が抜けた協定に中国が新たに参加する構図に心穏やかではない米政府関係者も少なくないだろう。米国内でもCPTPP再参加の議論が存在する中で、中国の参加表明は機先を制してその動きを封じ込める狙いもあると見られる。
RCEPと比べたCPTPPのもう1つの違いは加盟国にカナダ、メキシコを含んでいる点である(図表1)。両国は米国との間に「北米自由貿易協定(NAFTA)」を改定した「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」を結んでいるが、このUSMCAの第32条10項には「非市場国家」(中国を想定しているとされる)と他の加盟国が自由貿易協定を締結することを牽制する「毒薬(poison pill)条項」が盛り込まれている。
つまり、米国はこの毒薬条項を介することで、制度上の裏付けを以て中国のCPTPP加盟に対して間接的な圧力を行使できる構造となっているのである。
バイデン米政権の課題として、TPP交渉からの離脱を表明して以降、国内重視の世論が強い中でこの地域に具体的な域内経済秩序構想を提案することができずにいるといった点があり、中国のCPTPP加盟申請もそこにくさびを打ち込む意図がうかがえる。
政治・安全保障の分野では、積極的なインド・太平洋地域への関与が進められてきたが、中国のCPTPP加盟申請を受けて、米国が今後、経済分野でどのような関与策を取るのかは注視していく必要がある。
2:豪州・中国間の摩擦
第2のポイントは、CPTPP加盟国である豪州と中国の間の摩擦である。豪中は2015年に自由貿易協定が発効されるなど経済関係を深めていたが、米中対立の深刻化などを背景に近年急速に関係が悪化しており、中国は豪州からの石炭、牛肉、ワインなどの幅広い輸入品目に対して制裁関税や事実上の輸入停止措置などを実施している(図表2)。
すでに豪州政府は中国がCPTPP加盟の前に豪州への制裁関税を撤回する必要性を示唆しており、豪中間の摩擦は中国のCPTPP加盟交渉にもそのまま影響すると見られる。
加えて、豪州は日米豪印戦略対話(Quad)や9月15日発表された米英豪の新たな安全保障協定(AUKUS)への参加など、対中封じ込めを意識した米国中心の戦略協定への参加を積極化している。関係強化を続ける米豪が、中国のCPTPP加盟申請に対してどのように対応するのかも大きな注目点の1つだ。
3:CPTPPの加盟条件で米中対立に大きく関わる事項
最後のポイントは、CPTPPの加盟条件と米中対立の争点の密接な関わりである。CPTPPはモノの関税だけでなく、サービス・投資の自由化や国家間の経済ルールを定める協定であり、中国のCPTPP加盟においてもそうした様々なルールを満たすことができるかどうかが1つの争点となっている。
そのような様々なルールの内容を見ていくと、産業補助金などの国有企業・指定独占企業への優遇措置の撤廃、政府調達における外国企業排斥禁止、知的財産権保護、電子商取引の自由化など、米中間で対立の争点となっている事項が多く含まれていることがわかる(図表3)。
CPTPPの条項の中には知的財産保護などを中心に現時点で凍結されている条項も多くあるが、有効な条項だけでも中国の大きな制度改革を必要とするものとなっている。
しかし、このような事実は必ずしも米中対立を際立たせるとは限らない。中国政府がCPTPP加盟に向けた法整備を真剣に進めるのであれば、米中間の対立を部分的にでも緩和する契機になりうるかもしれない。もちろん米中間の覇権的な対立・競争の解消とは異なる次元の議論だが、中国がCPTPP加盟に適う法整備を進めることは、日本企業などにとっても朗報となりうるだろう。
日本の対応は?総裁選の争点の1つにも
中国によるCPTPP加盟申請は、伝統的に対中政策を政経分離(政治問題と経済関係を別個に論じること)の方針で対処することを志向してきた日本の外交姿勢を改めて試す事態と言える。より大きな米中対立との向き合い方という視点からも、中国のCPTPP加盟申請に対する日本の対応にも注目が集まる。
コラム執筆:坂本 正樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所