今回のセミナーでは、米ロックフェラー財団の資産運用会社であるロックフェラー・キャピタル・マネジメント社 CIO(最高投資責任者)兼 資産運用責任者であるデイビッド・P・ハリス氏にインタビューを行いました。ロックフェラーでの20年以上の経験をもとに、米国株の投資判断、銘柄選びの基準や独自の分析方法などについてお聞きしました。
ロックフェラーとESG投資との深い繋がり
岡元:ロックフェラーという名前は世界中で非常によく知られていますが、運用会社の歴史について教えてください。
ハリス:ロックフェラー・キャピタル・マネジメントの社名になって3年が経ちました。ロックフェラー・ファミリー・オフィス創業からは100年以上の長い歴史があります。その中での重要なターニングポイントは、富裕者層向けビジネスを大きく拡大したことと、それに伴い全米各地にオフィスを開設したことです。以前は4都市での展開でしたが、現在では全米18都市にオフィスを構えています。今後はより幅広い富裕者層にリーチできるでしょう。
その他にも、既存の事業に補完的な役割を果たす戦略アドバイザリー事業も追加しました。投資銀行アドバイス業務を行なうもので、富裕者層のクライアントを主なターゲットにしています。
岡元:なるほど。多くの人はロックフェラーと言えばすぐに石油産業をイメージすると思いますが、御社はESG投資についても非常に意識されていると理解しています。どのような背景からESG投資に焦点を当てるようになったのでしょうか。
ハリス:ロックフェラーと聞いて石油を思い浮かべるのは、世代によるかもしれません。創業者のジョン・D・ロックフェラー氏やその孫・ひ孫の世代を知る人は、ロックフェラー=スタンダード・オイル社だと考えるようですが、若い世代はロックフェラーセンターを思い浮かべ、石油会社としての歴史は知らないかもしれません。
私たちは現在、環境問題を意識的に取り入れていますが、それは1960年代から1970年代初頭に子ども時代を過ごした世代のロックフェラー一族が持ち始めた価値観なのです。私たちはそれを投資に反映させました。当時はESGの概念・用語はまだありませんでしたが、それこそが私たちのDNAなのです。1970年代に当社ではESG投資を開始しましたが、当時は、「どの会社の株式を保有するか」より、「どの会社の株式を保有しないか」を決めることに重点が置かれていました。
ESG投資の判断基準は?
岡元:ESG投資を行う際、投資判断をどのように行い、ESG概念をどのように織り込んでいますか。
ハリス:ESGを考慮して除外するというより、リスクとリターンポテンシャルを明確にするためのツールとして、多面的な分析を行っています。その1つはESGプロファイルを時間の経過とともに改善させている企業の選定です。バックテストを行ったところ、ESGスコアを改善させている企業と私たち独自のスコアリングシステムとの間に大きな相関関係を見つけました。
それはどれも有効なシステムで、従来の株式アナリストが発掘する前にESGスコアを改善させている企業を特定することができますし、アイデアの創造にも役立ちます。なぜなら特に気候変動に関して、どの企業が今後多くの資金が投入される見込みのあるサービスやテクノロジーを持っているのか、私たちは鋭い感覚を持っているからです。
銘柄選択、バリュエーションはどう決める?
岡元:ESG以外の投資スタイルやプロセス、銘柄選択についても教えてください。マクロシナリオを考慮していますか。例えば、投資プロセスにおける金利の上昇については、どのように考えていますか。また投資規律、運用資産額も教えてください。
ハリス:AUM(運用資産残高)は約120億ドル(1ドル=109円で換算すると約1.3兆円)です。一部は債券ですが、上場株式が圧倒的に大半を占めます。そして株式の大半がESG株式です。私たちの投資スタイルはファンダメンタルズに基づいたボトムアップ、グローバル運用です。
金利に関しては、私たちは独自のトップダウンビューを持っており、それをポートフォリオで実践します。金利は予測するのが非常に困難ですが、ベテラン陣の「目」を通してデータ分析します。私たちが独自の見解を持っている場合はそれを、アイデアを見つけるロードマップとして活用します。
気候変動は、長期間にわたる課題となるでしょう。気候変動により、今後あらゆる産業の企業が様々な支出を伴うことになるでしょう。私たちはこの傾向がしばらく続くと見ています。その見通しを、どのようにポートフォリオで表現するか。これがトップダウンESGフレームワークに関わってきます。ボトムアップフレームワークを考慮する場合は、地域にとらわれることなく、グローバル投資家として私たちはこれをいくつもの方法で表現することができます。
投資機会を考える際、米国へのインフラ投資によってのみ牽引されるわけではないと考えます。確かにそれは有用な情報ではありますが、今後数年、数十年に渡って恩恵を受けるリーダーはどの企業なのか。気候変動に対する解決策を持つ製造業としては、欧州の企業が、この問題に米国よりも早く対処してきたので、先行していると言えるでしょう。私たちのポートフォリオの多くに、投資支出が増えると予想する分野で独自のテクノロジー、サービス、製品を持つ欧州の製造業が含まれています。
私たちはバリュエーションに関しては厳格で、すべての企業に投資しているわけではありません。例えば、EV(電気自動車)セクターの将来性を強く信じています。世界は化石燃料から早晩脱却するでしょう。時間はかかるかもしれませんが、内燃エンジンは伸び悩んでおり、現にフォルクスワーゲン(VOW)は人々が考えていたよりもはるかに速くEVシフトすることについて積極的な声明を出してします。ゼネラルモーターズ(GM)も同様です。テスラ(TSLA)の時価総額は他のどの自動車会社よりも高く評価されていますが、その領域にこそ可能性があると信じています。
バリェーションについても考慮しています。私たちの投資スタイルについては、私たちはテーマで投資することもできますが、実際に実践していることは、最初に思いつく方法よりもわかりやすい方法でないことが多いです。
EVについては部品サプライヤー企業に投資を行いました。バリュエーションとテーマの組み合わせをすることで、リスクを加味した上で、ベストな最も魅力のあるリターンが期待できると思ったからです。
岡元:どのくらいの頻度で新しい投資アイデアを取り入れていますか。新たに銘柄を選定し、投資決定を行うと、通常、どのくらいの期間保有していますか。
ハリス:どの投資環境に置かれているのかによります。2020年は4、5回の市場サイクルが12ヶ月間に圧縮されたように感じました。ボラティリティが高く、新型コロナウイルス感染拡大や米大統領選による方向転換もありました。
通常のポートフォリオ年間回転率は約30~35%ですので、平均保有期間は3年です。2020年は特殊で、6月に購入した銘柄を9月に売却したりもしました。バリュエーションで判断します。保有することが非常に快適で、複利で成長することが見込まれる場合は、10~12年保有することもあります。ですが、特殊な環境下では原則を変えることもあります。
売買のタイミングを見極める重要なポイント
岡元:フルバリュエーション(全て織り込み済み)だと判断すれば、その株式を売却しますか?
ハリス:はい。私たちはバリュエーションに関しては厳格でありたいと思っています。リスク調整された機会が他に見られれば、既存ポジションを閉じます。株式が、私たちの設定した目標株価に近づけば、ポジションを減らす場合もあります。なぜなら残りの上昇余地はわずかだからです。これはポートフォリオ管理において重要です。
株式が投資家から失望されて売却されている時にも、その企業の成長ストーリーをまだ信じているなら、買い増すことも非常に重要だと思います。その際、アップサイドが大きく、ポートフォリオでの保有ウェイトは低下しています。株価$50の株を2%の保有比率で保有して、$60まで株価のアップサイドがあると見込んでいるときに、$50から$60に上昇すれば上昇余地は20%です。$40まで売られた場合、保有比率は1.6%、そこから$60までの上昇余地は50%です。
単純な計算では、20%のアップサイドのために2%をなぜ保有するのか。50%の上昇のためのウェイト1.6%と比較して、逆の発想が必要です。ですので、私たちにとって、ポートフォリオ管理の重要な点は、売却する際の規律です。そして購入する際の規律も同様に大切です。
岡元:つまり、一連のお気に入りの企業の株式があって、投資をはじめるのに望ましい株価に到達したら投資を開始し、目標株価に到達すれば売却することを考え始めるのですね。
ハリス:はい、基本的にはそうです。ただ、お気に入りの企業であっても、株価水準が魅力的でないと考えれば見送り、短期間で何か変化が起これば、迅速に投資します。
一部の企業に対しては、調査を行うために数週間かかることもありますが、迅速に投資を行うケースもあります。数年前に売却した企業であっても同じです。株価バリュエーション、新たな成長見通しや新経営陣など大きな変化が見られれば再度投資することもあります。
岡元:典型的な米国のポートフォリオでは、何銘柄を所有していますか?
ハリス:米国株は約40銘柄です。私たちは一定の集中を保ちつつ同時に分散も図っています。
>> >>特別インタビュー【2】ESG投資はパフォーマンスも期待できる?注目のESG銘柄は?
本インタビューは2021年4月22日に実施しました。