高度成長期に作られた制度のひずみで年金財政が逼迫
2019年には「公的年金だけでは老後資金が2000万円足りない」問題が大きくクローズアップされましたが、日本の年金制度ひいては年金財政の不安は、最近になって急に引き起こされたという類のものではありません。
そもそも年金財政を逼迫させた大きな要因の一つに、日本の年金制度が、現役世代の支払う保険料をリタイア世代への年金支給に充てる「賦課方式」で運営されていることが挙げられます。
今の年金制度は戦後の高度成長期に作られたもので、日本の人口は増え続けるだろう、経済は右肩上がりで成長し続けるだろうという前提の下、賦課方式が採用されたわけですが、ご存じのように1990年のバブル崩壊後、日本経済は“失われた20年”を経験し、人口も2008年をピークに減少に転じています。
結果として、65歳以上の高齢者1人を1965年には9.1人の現役世代(20~64歳)が支える“胴上げ型”だったのが、2012年には2.4人で支える“騎馬戦型”となり、2050年には1.2人で支える“肩車型”になるだろうという予測が発表されるに至って、制度の存続に赤信号が点滅しました。
それが15年以上前のことで、当時の小泉純一郎内閣が年金財政安定のために導入した切り札が「マクロ経済スライド」です。
平均余命の伸びなどを考慮して年金額の上昇を抑える
マクロ経済スライドとは、「平均余命の伸び」や「(保険料を負担する)現役世代の人数の変化」といった年金財政に影響を与えるマクロ的な変数を考慮し、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みのことです。導入と同時に5年に1度、年金財政の検証を行うことにして、ひとまずは2023年度での終了を目安にしつつも、マクロ経済スライドをなくしても収支のバランスが取れると見込まれるまでは続ける、と決めたのです。
マクロ経済スライドによる調整率(公的年金全体の被保険者の減少率+平均余命の伸びを勘案した一定率)のことを「スライド調整率」と言います。
年金にはもともと、インフレや現役世代の賃金の伸び率を反映する「物価スライド」がありますが、マクロ経済スライドが適用される期間は、物価スライドの伸び率からスライド調整率を引いて年金額が決められます。仮に物価や賃金の上昇率が1.5%だったとしても、スライド調整率が0.9%であれば、年金の改定率は1.5-0.9=0.6%に抑えられることになります。
マクロ経済スライドは毎年必ず発動されるわけではない
といっても、年によってはマクロ経済スライドが完全に発動されないこともあります。
例えば、物価や賃金の伸び率がスライド調整率を下回った場合、マクロ経済スライドをそのまま適用すると(物価や賃金が上昇しているにもかかわらず)年金額が引き下げられることになり、年金受給者が不利益を被ります。そこで、スライド調整率を適用しても減額までは行わず、年金額を据え置くのです。
また、物価や賃金の伸び率がマイナスの場合は、マクロ経済スライドによる調整は行われません。
さて、マクロ経済スライドは、現役世代にとっては急激な保険料負担の増加に歯止めをかけるありがたい制度という見方もできますが(厚生年金保険料率は前述の小泉改革で引き上げの上限(労使合わせて18.3%)が決められ、既にその水準に達しているので、原則、これ以上、上がることはありません)、年金受給者からすると調整期間中は適切な物価スライドが受けられず、年金の価値が目減りしていくリスクにさらされることになります。
それだけに、いつまで調整期間が続くのか、言い換えれば年金財政の見通しはどうなっているのかは気になるところです。
昨年2019年が5年に1度の財政検証の年に当たっており、次回はその財政検証の結果について見てみたいと思います。