1.貿易戦争の嵐が吹き荒れる中、注目したい国

「過去17年間、中国のGDPは9倍に成長し、世界で2番目に大きな経済となった。この成功の大部分は、アメリカの中国への投資によるところが大きい。
にもかかわらず中国共産党は、関税、貿易枠、為替操作、強制的な技術移転、知的財産の窃盗、産業界への補助金などを行ってきた。
これらの自由で公正な貿易とは相容れない政策は、競争相手、特にアメリカを犠牲にして、北京に製造基地を築いた」

これは昨年10月4日にペンス米副大統領がハドソン研究所で行った演説の一部を簡単にまとめたものである。

「米国の中国に対する宣戦布告」ともとれるこのペンス演説のインパクトは甚大で、この日を境に日米の株価は下落基調に転じている。

投資家は「米中貿易戦争は日米企業を大きく傷つける」とみているのだろう。既に米中貿易戦争の影響は顕在化しはじめており、日本の輸出にも陰りがみえる。また東南アジアでも経済見通しを下方修正する国が相次いでいる。

このように貿易戦争の嵐が吹き荒れる中、注目したい国がある。それはインドだ。10年程前、インドは中国などとともにBRICsの一角をなし、世界的に注目を集めた。

しかし当時中国が10%を超える高成長を続けていたのに対し、インドの成長率は中国には及ばず、1人当たり名目GDP水準の低さもあり、中国のように大ブレイクするには至らなかった。

中国とインドの運命を分けたのはグローバリゼーションの活用度合いだ。グローバリゼーションを徹底活用して経済成長率を高めた中国に対し、グローバリゼーションの活用に慎重だったインドは中国の後塵を拝することとなった(インドがグローバリゼーションの活用に慎重だった理由の1つとして、かつて英国の植民地だったというトラウマが挙げられる)。

しかしここにきて、インドのグローバリゼーションに対する慎重姿勢が功を奏する展開となっている。IMFは昨年10月の世界経済見通しで、世界経済がもたつく中(2018年3.7%、2019年3.7%、2020年3.6%)、インドの経済成長率が加速する(2018年7.3%、2019年7.4%、2020年7.7%)と見ている。貿易戦争やポピュリズムの嵐が吹きすさぶ今だからこそ輝く、インドの強さを挙げていこう。

2.内需主導で加速・安定化する経済

インドと中国の違いを端的に表したのが図表1である。

【図表1】インドと中国の輸出対GDP比%
出所:IMF、International Trade Centre

グローバリゼーション華やかざりし頃は、それを活用する中国の強さばかりが目立っていた。しかし貿易戦争が始まった今、インドの内需主導型経済の安定性は魅力的だ。

【図表2】加速・安定化するインドの経済成長
出所:IMF

加えてインド経済は加速・安定化している。図表2は1980年代・1990年代・2000年代・2010年代(2017年まで)の平均経済成長率と変動係数(経済成長率のぶれの大きさ)を算出したものだ。インド経済の平均成長率が加速し、かつ安定化していることがわかる。

インド経済安定化の理由は定かではないが、天候に左右されやすい農業の比率が低下していることが理由のひとつとして考えられる。

3.医薬品・自動車産業に競争力

伝統的にインドは製造業が育ちにくいと言われている。その理由を特定するのは困難だが、筆者が考える最大の理由は「閉じた経済」だ。

先述の通り、インドは閉鎖型経済であるため、インドの製造業は原則内需狙いとなる。そして内需型製造業に求められるのは、「低価格・低付加価値」だ。その結果、インドでは高度な製造業が育ちにくかったのではないかと筆者は考えている。

【図表3】向上する自動車・医薬品の競争力(競争力順、輸出シェア>1%)
出所:International Trade Centre

しかし近年、インドの製造業も力をつけているようだ。図表3は2007年度と2017年度について、輸出シェアが1%以上でかつ貿易特化係数が高いアイテムを列挙したものである。

注目すべきはHSコード上2桁30の「医療用品(主に医薬品)」とHSコード上2桁87の「鉄道用及び軌道用以外の車両並びにその部分品及び附属品(主に自動車とその部品)」だ。2007年度と2017年度を比較すると、両アイテムとも輸出シェア・貿易特化係数が上昇している。

4.安定した民主主義

インドを考えるにあたって、今年最大の注目点は5月までに実施される予定の総選挙だ。その前哨戦として昨年12月、5州で州議会選挙が実施されたが、うち3州で与党・インド人民党は政権を失い、今年の総選挙でも苦戦が予想されている。

しかし仮に政権交代が起こったとしても、それを悲観的にとらえる向きは少ないようだ。なぜならインドでは民主主義が定着しており、過去にも政権禅譲の経験が豊富にあることから、政権交代が起こっても大きな政策変更や混乱は起きないと考えられているからだ。

ちなみにインド政治を左右するのは農村票(労働者の半数が農林水産業に従事)で、与党・インド人民党も農村票を確保すべく様々な農業政策を講じている。

一方、民主主義はインドの安定性を支えている反面、インドの政策実行の足かせとなっている側面もある。インドでは民主主義に基づき人々の権利が尊重されているため、プロジェクトの実施にあたって土地収用などが進みにくい側面があることには注意が必要だ。

5.リスクは財政

ここまでインドの強みを挙げてきた。しかし、インドとて世界経済減速の流れと無関係ではない。

インドが直面するリスクを挙げると、

(1)石油価格上昇(インドは石油の純輸入国)
(2)国際金融環境の引き締まり
(3)貿易戦争の間接的影響(景況感の悪化など)
(4)中国・パキスタンとの外交関係悪化
(5)財政赤字拡大
(6)不良債権処理の悪影響

といったところだ。このうち中長期的にもインド経済の足かせになると考えられるのが(5)財政赤字拡大である。

【図表4】インドの一般政府歳入・歳出(2017年対GDP比%)
出所:IMF

図表4を見るとBRICsの中でもインドの歳入の少なさが際立っている。

インドでは所得税を課されているのは労働者の2%といわれ、慢性的な歳入不足が続いている。その結果、インフラ建設が進まず、マクロ経済的には経常赤字が温存され、いずれもインド経済の発展を阻んできた。

2017年、モディ首相は待望の物品サービス税を導入し、これにより当面は税収増が期待されるという。長期的にインド経済を考えるにあたって、インド政府がいかに財政赤字を克服していくかは非常に重要なテーマである。

 

コラム執筆:榎本 裕洋/丸紅株式会社 丸紅経済研究所