仕掛けられたバブルが燃え上がるのはこれから

そもそも、現在の雇用情勢が米国で非常にタイトなものとなっているのは、過去に仕掛けられた米連邦準備理事会(FRB)による超金融緩和のおかげです。

振り返ると、リーマン・ショック後にFRBは過去に例を見ないほど大胆な資金供給策(量的金融緩和)を大きく3回に分けて実施し、合計で4兆5000億米ドルにも上るマネーを供給しました。このときに指揮を執ったのはベン・バーナンキ元議長でした。

結果として、2011年に一時米ドル/円が75円台に到達するほど米ドル安が進み、このことにも米国経済は大いに助けられました。そして、後に米国は他のいかなる国・地域よりも早く経済を立て直す(=次の成長の基盤を再構築する)ことに成功し、早々と資金供給の手を止め、いまでは段階的な回収を行うまでに事態が改善しました。

実のところ、米FRBよりも早い段階でリーマン・ショック後直ちに大胆な金融緩和を実施した国があります。それは英国であり、その当時、イングランド銀行で量的緩和策を断行したのはマーヴィン・キング前総裁でした。

結果としてポンド/米ドルは一時的にも大きく値を下げることとなり、このときの自国通貨安のおかげで英国経済はリーマン・ショックの痛手をさほど大きく受けずに済みました。思えば、米ドルも弱いなかでのポンド安というわけですから、それは相当なものであったと考えることができるでしょう。

あらためて順番を正しますと、リーマン・ショック後に大胆な金融緩和策に踏み切ったのは、まず英国で、次が米国、そして米国の次は日本でした。

2013年4月の日銀金融政策決定会合に総裁として初めて参加した黒田東彦氏が実施を決めた「異次元緩和策」は、文字通り“異次元”と言えるほどでした。過去に例を見ない常識外れのボリュームで実施された資金供給策で、周知のとおり、いまだに「出口」は全く見えません。

なお、日銀の次に量的緩和の実施を決めたのは欧州中央銀行(ECB)で、2015年3月から実施することを同年1月の会合で決定した際のリーダーは現在も総裁を務めるマリオ・ドラギ氏です。既知のとおり、ECBは2018年12月をもって大量資金供給を打ち止めとしましたが、当面の資金回収や利上げの方針は厳密には定められていません。

このように、リーマン・ショック後には英・米・日・欧の順番で各国・地域の中央銀行が過去最大規模の量的緩和策を仕掛け、その効果が今になってジワジワと現れてきています。

当時、それぞれの国・地域で陣頭指揮を執ったのは前記のとおりキング前総裁、バーナンキ元議長、黒田現総裁、ドラギ現総裁であるわけですが、このなかで黒田氏1人を除く3名は皆、マサチュ―セッツ工科大学(MIT)経済学部においてケインズ経済学を学んだ面々であるということをご存知だったでしょうか。

彼らを「MIT人脈」の一員と位置付けるならば、他にもジョセフ・E・スティグリッツ氏やポール・クルーグマン氏、ジョージ・アカレフ氏(ジャネット・イエレン前FRB議長の夫)、ローレンス・サマーズ氏(元米財務長官)などの著名な面々が挙げられ、実のところ黒田日銀総裁はこうした面々と長らくの親交があります。

ちなみに、アベノミクスの司令塔とされる浜田宏一内閣官房参与も一時期はMITの客員研究員だったことがあり、そういった意味では黒田氏や浜田氏もMIT人脈の一員と称せられるにふさわしい方々であるということができそうです。

さて、ここで注目しなければならないのは、リーマン・ショック後に世界の主要な国・地域で中央銀行のトップを務め、同じように超がつくほど大胆な資金供給策を危機回避のために講じたのは、ほぼ例外なくMIT人脈の一員と見なされる面々であったということです。

彼らは、金融バブル崩壊後の急激な景気後退によって動かせなくなってしまった「財政政策」に代わって、似たような効果をもたらすことが期待される「金融政策」を動かすことで深刻な経済危機を回避しようと考え、手に手を取り合って協同しました。

おそらく、その時点で誰もが想定していたものと思われます。「緊急危機回避策としては止むを得ない。ただし、後に各国・地域の経済がバブル的な様相を呈することになる可能性が極めて高い」ということを。

つまり、彼らは重々承知のうえで緊急危機回避のためにバブルを仕掛けたということになるわけで、言わば“世界の頭脳”が寄り集まって過去最大の規模で“仕掛けた”のですから、結果的に「バブルになれば成功」ということになるのだろうと思われるのです。

その意味からすると、現在の米国経済ならびに主要国経済はとてもバブルと言えるほど熱く燃え滾(たぎ)った状態には達していません。すう勢的に「低インフレ・低金利の時代」が訪れている可能性を全面否定することはできないものの、米国をはじめ日本や欧州などにおける足下のインフレ・金利の水準を再確認したうえで「そろそろバブルも終わりの始まり」などと、とても口にできたものではないと考えるのは筆者だけでしょうか。

先に「米求人・労働異動調査」の話題で触れたように、今後、米国で一段と賃上げ期待が盛り上がり、個人消費が活発化したうえで、いずれ物価やインフレ率が健全に上昇してくる余地が十分にあると考えたとき、さらに2019年が米大統領選の前年であるという要素を加味しても、やはり米国経済が本格的にバブルの様相を呈してくるのは「むしろこれから」と思われてならないのです。

過度な悲観は禁物!

そうであるとするならば、話題のパウエルFRB議長発言というものについても、その捉え方を少し見直して行く必要があると思われるのです。

少し振り返ると、昨年11月28日にバウエル議長はNYエコノミッククラブで講演し、そのなかで足下の米金利水準について「中立レンジを若干下回る」などと述べ、その一言が市場で「米利上げ打ち止め間近」と受け止められるという一幕がありました。ここで再考しておきたいのは、市場は「ときに間違う」、いや「かなりよく間違う」というのも紛れのない事実です。

そもそも、ここでのパウエル議長発言に対する市場の受け止め方ですが、それ自体が大きな勘違いであるとする市場関係者は少なくありません。

パウエル氏が用いた「中立レンジ」というのは大よそ2.5~3.5%あたりの水準と考えられ、その「(レンジ)下限」に現在の政策金利が到達しつつあることは事実です。とはいえ、この「レンジ」には随分と幅があることも事実で、その下限から上限までの幅(=1%ポイント)というのは、言うなれば「利上げ4回分」ということでもあります。

もちろん、そのレンジの真ん中を取った「中間レート」という概念もあるわけですが、それだからといって「おおよそ3.0%前後というのが打ち止めの目安」と決め込んでしまうのも、現時点においては少々乱暴ではないかとも思われます。

また、市場では2018年の11月下旬あたりから米10年債利回りが3%を下回る水準にまで低下してしまい、本来であればより低い水準に留まっているはずの米2年債利回りに接近する事態に陥るという場面も見受けられました。

結果、少なからぬ市場参加者が「このままでは、ともすると双方の金利水準が逆転しかねない(=逆イールドの状態になりかねない)」と考え、そのことを恐れて米株価が一気に急落するといった場面も幾度か見受けられています。

よく知られていることとして、過去に米10年債利回りと2年債利回りが「逆イールド」の状態になったケースでは、その後に決まって米国景気が後退局面を迎えることになったというのは否定できない事実です。

そのメカニズムを詳細に解き明かすことはなかなか難しいものと思われます。あえて解釈するならば「10年債利回りの急激な低下は強い先行き不安の表れであり、やがてその不安がどんどんと強まって行くほどに自ずと景気は悪化して行く」ということになるのでしょう。

とはいえ、過去に「逆イールド」が心配され、後に実際に景気後退局面が訪れたケースというのは、たとえば2007年7月あたりのケースを例に引きますと、その時点で米10年債利回りが5%前後という当時のピークアウト前の水準にあったという事実が浮かび上がり、それを現在の状況と単純比較することにはかなりの無理があると考えざるを得ません。

思えば、2018年は年初からずっと年間を通じて米国と中国の間における通商摩擦や安全保障の問題にスポットがあてられ、結果的に長らく市場全体が重苦しい空気に包み込まれる状態が続きました。しかし、年末あたりからある程度の妥協点が見いだされる動きや中国側が譲歩する姿勢なども垣間見られるようになり始め、年明け以降は両国関係が新たな段階に向かうことへの期待が盛り上がる可能性もあると見られます。

米中関係の大前提が変われば、それによって世界経済や米国景気の見通し、市場のムードと言うものも様変わりする可能性は大いにあり、ここは「ものは捉えようであり、決して過度に先行き悲観しない」ということが重要かと思われます。

後編では「2019年は米ドル高かつ米ドル/円の上値余地も拡がりやすい」をお伝えします。

 

前編「米大統領選の前年の2019年は米国株高になる可能性」はこちら。