老後は勤労収入がなくなり、定期的なキャッシュフローは年金だけになります。その年金額も十分な水準ではありませんから、豊かな老後を送りたいなら老後資金を貯めておくことが大事です。一方で、貯めすぎても意味はありません。お金は使うことで価値に変換できます。人生後半のお金との向き合い方を一緒に探っていきましょう。

現役時代と定年後で、お金の捉え方は大きく変わる

現役時代と定年後のお金の捉え方を確認していきましょう。

現役時代のお金の捉え方

現役時代の収支は一般的に次の式で表せます。

勤労収入=生活費+将来への貯蓄

勤労収入は「生活費」と「将来への貯蓄」に分けていくことになります。「勤労収入=生活費」となっている家計の場合、貯蓄がない状況では非常に危険です。勤労収入を全て日々の消費に回しているので生活満足度は高まりますが、将来の不測の事態が起こった際に困窮することになります。

例えば、スマートフォンや冷蔵庫といった生活必需品が突然壊れたり、病気やケガ、あるいはリストラに見舞われたりするかもしれません。そうしたときに貯蓄があれば、問題に対処できます。

また、お金は人生の選択肢を増やすための重要な手段です。貯蓄があれば目先の生活に追われることなく、自分のキャリアやこれからの生き方をじっくりと見つめ直す時間的な余裕も生まれます。旅行などの余暇で心身のリフレッシュができたり、家族や友人と絆を深めたりすることもできます。

定年後のお金の捉え方

定年後の収支は一般的に次の式で表せます。

定年後:生活費=勤労収入+年金収入+資産運用収入(資産の取り崩し)
 老後の前半:生活費=勤労収入+資産運用収入(資産の取り崩し)
 老後の後半:生活費=年金収入+資産運用収入(資産の取り崩し)

現役時代と大きく異なるのは、将来への貯蓄がなくなること。老後における日々の生活費を「勤労収入」「年金収入」「資産運用収入(資産の取り崩し)」で賄っていくという捉え方になります。

定年後は働けるうちは働くのがやはりベターです。老後の前半は「勤労収入」と「資産運用収入(資産の取り崩し)」で生活費を賄うのが理想です。経済面だけでなく、健康面でも重要です。健康寿命が延びれば、その分、将来かかるであろう医療費・介護費の削減になるからです。認知症対策としても有効です。

ただし、現役時代と同じように働く必要は全くありません。月30万円→月20万円→月10万円→月5万円と段階的に勤労収入を下げて、余暇や趣味に興じるのが良いでしょう。このように働き方を変えていくことは、人生の幸福度を高めるためにも重要な戦略です。

老後の後半は、勤労収入の代わりに収入の柱になるのが「年金」です。とはいえ、年金だけで暮らしていくには心許ない金額かもしれません。そこで資産運用収入(資産の取り崩し)が役立ってきます。

資産運用収入(資産の取り崩し)は、「ゆとりある老後の生活費に充てる」「老後の後半の年金を支える」という位置付けになります。

老後資金は最低限「500万円」あれば、なんとかなる

老後のために、最低限いくら貯めておけばいいのか。現役世代の多くが抱える不安ですが、最低限の医療費と介護費さえあれば、基本的にはなんとかなります。1人あたり500万円ほど用意しておけばよいでしょう。

「え、それだけでいいの?」と驚かれるかもしれません。興味深いデータをお見せします。内閣府「令和6年度 年次経済財政報告(経済財政白書)」には年齢階級別の世帯あたり金融資産額が公表されています。金融資産の額であり、不動産は含まれていません。

【図表1】年齢階層別の資産の保有状況
出所:内閣府「令和6年度年次経済財政報告」より

これによれば、20代以降は歳を重ねるほど資産額が増え、60~64歳でピークを迎えます。65歳時点の平均値は1800万円、中央値は1000万円です。しかしその後は資産額があまり減らず、80歳時点で1~2割程度しか減っていません。

ここからわかるのは、老後資金を使わなくても生活できているという実態です。極端に言えば、老後資金を貯める必要がないとも言えます。とはいえ、心の安定を保つためにも、医療費と介護費がかかる場合に備えるためにも、一定金額の貯蓄はあった方がベターです。

制度を利用すれば高額な医療費と介護費を抑えられる

まず医療費ですが、厚生労働省「医療保険に関する基礎資料」(令和4年度)によれば、65歳から90歳未満までの25年間の自己負担額を合計すると、1人あたり約200万円となっています。

続いて介護費。生命保険文化センターが3年に1度実施している「生命保険に関する全国実態調査」(2024年度)によると、介護をするために必要な器具の購入や住宅のリフォームなどの一時的な平均費用が47万円、月々の介護にかかる費用の平均月額が9.0万円、平均的な介護期間は4年7ヶ月です。これらを単純に合計すると542万円となります。

医療費・介護費をそのまま合計すると、742万円が必要ということになりますが、医療費が高額になった場合は「高額療養費制度」、介護費が高額になった場合は「高額介護(予防)サービス費」、加えて「高額医療・高額介護合算制度」を利用することで抑えることができます。

よって、医療費と介護費合わせて、1人あたり500万円ほど用意しておけば安心でしょう。もちろん、ゆとりある老後を送りたいのであれば、500万円では不十分であり、資産を積み上げておく必要はあります。

お金は使ってこそ価値がある 経験・思い出にお金を使い倒す

先ほどの内閣府「令和6年度 年次経済財政報告(経済財政白書)」のデータに再度注目すると、多くの方が高齢期に備えて老後資金を貯めているのに、その老後資金を有効に活用できていないとも言えます。

老後のために貯めてきたお金をほとんど使わず、人生で体験できたはずのことをしないままでいるのはもったいないと思いませんか。

「お金を使いたいけど使えない」というジレンマを抱えている世の中に大きな影響を与えたのが、「貯金ゼロで死ぬ」をテーマにした書籍、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著、ダイヤモンド社)です。

同書では、「1000万円の資産があれば、1000万円分の経験ができる。そのお金を残して死ぬということは、使って得られたはずの経験を得られないということ。人生の最後に自身の記憶に残るのは『モノ』よりも、さまざまな経験から得た『思い出』なのだから、経験や思い出に惜しみなくお金を使っていこう」と説いています。

経験を楽しむ能力は年齢が上がるにつれて(特に45歳から急激に)低下します。これは、お金を使うことで得られる価値が年々低下することを意味します。

【図表2】年齢と活動能力の関係
出所:著書「会社も銀行も役所も教えてくれない定年前後の人生戦略」(プレジデント社)から抜粋

つまり、これからの人生で今日が一番若い日であり、もっともお金を使う価値が高い日であるということです。

人生でもっとも大切なことは、思い出をたくさんつくることではないでしょうか。なぜなら、自分の人生の最後に残るものは、お金ではなく思い出だからです。

大切な家族や友人と過ごした日常や旅行など、人は思い出を通じて人生の出来事をいつでも振り返り、再度体験できます。そして、そこからいつでも幸せを得ることができます。思い出は生涯にわたって「幸せの配当」を与え続けてくれるのです。

人生の幸福度を高めるのは「健康」「人間関係」「趣味」「文化芸術」

お金は使うことで幸せに変換できるという観点では、「健康」「人間関係」「趣味」「文化芸術」にお金を使うことも重要です。

マーケティング会社イプソスが30ヶ国を対象に行った調査では、最も大きな幸福をもたらすものの第1位・第2位は「身体的な健康とウェルビーイング」「精神的な健康とウェルビーイング」となっています。

【図表3】最も大きな幸福をもたらすものは?
出所:株式会社Money&You作成、著書「会社も銀行も役所も教えてくれない定年前後の人生戦略」(プレジデント社)から抜粋

健康ほど、経験を楽しむ能力に影響するものはありません。若いうちから健康に投資しましょう。重い病気を予防できれば、生涯医療費も抑えられます。そしてなにより、さまざまな経験をする時間を長く持つことができ、人生が豊かになります。

人生100年時代のウェルビーイングをテーマに活動している「100年生活者研究所」(運営:博報堂)の調査結果によると、好きなことや続けていること(趣味)が4~6個ある人が最も幸せとのこと。生涯にわたって楽しめる趣味を見つけられると、人生も充実します。

京都大学こころの未来研究センター(現在は「京都大学 人と社会の未来研究院」に改組)が行った調査によると、1年以内に文化・芸術の鑑賞をした人や、創作活動や演奏活動などを行った人は、行わなかった人に比べて幸福度に関わる指標が高かったとのこと。

コンサートや美術作品、映画、歴史的な文化財といった文化的・芸術的なものに触れる機会にお金を使ってみることも、人生の幸福度を上げる要因のひとつとなるでしょう。

人生後半は「お金持ち」ではなく、「思い出持ち」を目指そう

人生の目的は「富の最大化」を目指すことではなく、「限られた生の中でいかに幸せに生きるか」ではないでしょうか。つまり「幸福の最大化」を目指すことです。

現役時代に貯めた資産は老後で使い切るのが、幸せに生きるための基本戦略。資産は「残すもの」ではなく、余るほど資産がある場合において「残ってしまうもの」かと思います。

筆者は人生最後の日にお金がたくさん残っている「お金持ち」よりも、思い出がたくさん残っている「思い出持ち」がよいと思っています。みなさんはいかがでしょうか。