今ニューヨークにいるのですが、ニックスとサッカー各国のユニフォームを着た人たちでごった返しています。ニューヨークは相変わらず元気で、AIによって世界が変わりつつある、そしてお金・資本の流れも変わってきている中で、やはりその中心に居続ける、本当に強い街だと実感します。資本市場というか、世界の資本の交錯するど真ん中が、ここニューヨークなのでしょう。

そんなニューヨークの街中で見掛ける「日本」は、鮨は前から当たり前なのですが、今回目に付いたのは、音楽とMATCHA(抹茶)でした。カーネギーホールの前を通ると、Final Fantasy、Mitsuko Uchida、Joe Hisaishiのポスターがそれぞれ貼られていました。ゲーム音楽、クラシック、そして現代音楽。日本の音楽が、実に幅広い存在感を示しています。そしてスーパーに行くと、抹茶が紅茶やハーブティーの横に並んでいます。極め付けは蕎麦屋さんに行ったら、カウンターの上に抹茶と茶筅が売り物として並べられていました。凄いな。これじゃ日本で抹茶も茶筅も超品薄になるのが良く分かります。

日本は今でも世界の産業を支える重要なプレーヤーです。しかしニューヨークで目に付くのは、そうした産業的な存在感とは少し異なる、日本独自の文化的な存在感です。つまり、長い伝統と文脈(コンテクスト)を持っている日本独自の「抹茶」と、ゲーム音楽や現代音楽など、現代に作られているやはり独自性のある音楽が、ここニューヨークで注目を集めているということです。

インターネット、SNS、そしてAIによって、全てのことが同時に共有される時代、そんな時代に、やはり「独自性」が重要になって来ているのでしょう。情報や知識は、AIによって誰でも手に入れられるようになる。しかし、歴史や文脈に裏打ちされた独自性は、そう簡単には真似できない。そしてその価値が上がる。

五番街に源吉兆庵があるのですが、そこで抹茶も売っていたので、それと個包装のお茶菓子を買って来て、日本独特のスイーツを食べ、薄茶を点てていただきました。あぁ。いい感じ。やや密かな優越感も意識しようとすれば出来る、でもそんなことより本当に幸せな気持ち。

私自身は、資本市場主義の申し子だと自認しています。しかし同時に日本の伝統文化を愛する人間でありたい。その二刀流で、これからも参りたい。そう強く思うニューヨークでした。