なぜ5月5日からアジア通貨高が目立ち出したのか?

アジア通貨高がまず注目されたのは、5月5日の台湾ドル急騰だった。台湾ドルはこの日対米ドルで一時1米ドル=29.5台湾ドルと、約3年ぶりの高値を付けた。この日の日中上昇率は1988年以来の大きさとなったが、このきっかけが「米台間の貿易合意の一環として、台湾ドル高を容認する方向へ政策修正が行われるとの思惑」とされた。

そして5月14日に注目されたのは韓国ウォンの急騰だ。このきっかけは、韓国企画財政省の崔志栄・国際経済管理官と米財務省のカプロス次官補(国際金融担当)が5日にミラノで会談し為替について協議したとの思惑だった。

それにしても、なぜ米韓財務相代理会談は5日にミラノで行われたのか。この日のミラノでは、ADB(アジア開発銀行)年次総会が開かれていた。このため、米国や主要なアジア諸国の財務相や財務相代理が集合していた。そこで米国とアジア諸国の二国間ないし多国間の非公式な会議が開かれ、米国からの通貨高圧力があった可能性があり、台湾ドルや韓国ウォンといったアジア通貨高をもたらしたということだろう。

「米ドル安模索せず」は「アジア通貨高要求せず」ではない?

ただし、この米国が為替調整に動いているとの観測を否定するような報道が5月14日に流れた。「米国は米ドル安を模索していない」、「米当局者は世界各国と貿易交渉を行っているが、通貨政策に関する約束を合意内容に盛り込もうとはしていない」などと、「事情に詳しい関係者」が明らかにしたという内容の報道だった。ただし、これが「米国からのアジア通貨高圧力」を否定しているかといえば懐疑的だ。

トランプ政権も基本的には「強い米ドルは国益」という伝統的方針を維持する姿勢だ。このため米ドル安にするのではなく、あくまで過度な外国通貨安を批判し、公正な貿易のための外国通貨高を求めるとの考え方をとっている。

これはトランプ政権に限ったことではない。例えば有名な1985年プラザ合意は、明らかに実質的な米ドル切り下げ合意だが、共同声明には「主要非ドル通貨の対ドル・レートのある程度の更なる秩序ある上昇が望ましい」とされ、「米ドル安」ではなく「非米ドル通貨高」を求める表現になっていた。以上のように見ると、「米国は米ドル安を模索していない」というのは、「為替調整を求めない」という意味ではない可能性があるだろう。

また、「通貨政策に関する約束を合意内容に盛り込もうとはしていない」というのも、そもそもG7などの多国間合意は別にして、少なくとも日米二国間合意において、為替に関して公式文書に盛り込むことはこれまで基本的になかったことを考えると、あまり意味があるようにも思えない。通貨外交の担当者を「通貨マフィア」と呼ぶことでも分かるように、秘密裏での扱いが基本というかなり特殊な世界だからだ。

「米国売り」一段落で通貨高圧力を再開?=米国

4月に「関税ショック」をきっかけに「米国売り」が急拡大すると、米国からの資金流出が懸念される中で米国が関税交渉で相手国に対し通貨高を求めることも控えられたのではないか。ただ「米国売り」が落ち着く中、5月5日にミラノで開かれたADB年次総会に複数の通貨政策担当者が集ったタイミングで、米国が関税交渉に関連した為替調整要求を再開した可能性は注目される。