◆今年のノーベル経済学賞は、行動経済学の研究成果が認められたシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が受賞した。セイラー教授の20年来のファンであり、また曲がりなりにも大学で行動経済学を取り入れた市場分析を教えている僕にとって、この上ない喜びである。行動経済学は、心理学を経済学に応用した学問である。「ひとは合理的な判断をする」というのが経済学の前提だが、実際にはそんなことはない。ひとはいかに「非合理的」であるか、そこに立脚したのが行動経済学だ。

◆例えば、ギャンブルで稼いだ「あぶく銭」はぱっと散財してしまうのに、汗水たらして働いて得た給料は大事に使う。心の中でギャンブルの利益と労働の対価を別々の会計に入れてしまうのだ。だが本来、「おカネに色はない」のだから、いちど財布に入ってしまえばギャンブルで稼いだおカネも労働で得たおカネも同じである。散財するのは「あぶく銭」ではなく、あなたの貴重な財産の一部である。

◆大切なおカネは賢く使いたい。希望の党の小池百合子代表もワイズ・スペンディング(賢い消費)を主張する。ワイズ・スペンディングとはもともと経済学者ケインズの言葉である。財政支出を行う際は、将来有望な事業・分野に対して選別的に行うべきだという主旨である。確かに政府のおカネの使い方はまだまだバラマキが多いと感じる。公的資金による投資は杜撰の一言だ。まったくリターンがあがっていない案件だらけで税金の無駄遣いもいいところである。

◆それに比べて民間では賢い消費が広がっている。ネットやスマホの普及で消費者の情報化が進み、「消費の仕方」がどんどん効率化している。価格比較サイトで値段をチェックしてから買うのが当たり前になった。フリマ(フリーマーケット)アプリがポピュラーになり、不要になったものを出品したり中古品を買うのにも抵抗がなくなった。買わないでシェアする、レンタルする、といったシェアリング・エコノミーも消費の新しい一形態であろう。

◆こうした賢い消費が広がるのはけっこうなことだが、その一方で物価が上がりにくい一因にもなっている。インフレには好悪両面があるが、デフレから脱却すべきということに異を唱えるものはいるまい。その意味で、みんながあまりに賢くなって、効率的で合理的な振る舞いをするのも考えものである。時にはパーっとおカネを使うようにしないと景気も上向かない。おカネをもっと使え、というのは企業にこそ言いたいものであるが。セイラー教授はノーベル賞受賞後の電話会見でこう述べた。「ノーベル賞の賞金はできるだけ非合理的に使いたい」。