◆大阪本町糸屋の娘 / 姉は十六妹が十四 / 諸国大名は弓矢で殺す / 糸屋の娘は目で殺す 頼山陽の作として伝えられる「起承転結」の代表例だ。この例で明らかな通り、「起」は「転」と離れた話題が良い。そのほうが「結」で「起」と「転」が結びつくインパクトが大きいからだ。
◆僕もコラム書きとして、「起承転結」を意識して小欄を書いている。できるだけ相場や経済とは関係ないことから始めて、それを主題に結び付けていくのが腕の見せ所である。よく使う手は、映画や芝居の話だ。今年になってからだけも、「パリよ、永遠に」「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」「さらば、愛の言葉よ」「スティング」「百円の恋」などを取り上げた。
◆しかし、昨日の日曜日に観た映画は使えない。そのものズバリだから「起承転結」にならないのである。その映画とは、「ギリシャに消えた嘘」。「太陽がいっぱい」の原作者パトリシア・ハイスミスの小説「殺意の迷宮」を映画化したサスペンス・ロマン。ギリシャのアテネとクレタ島、トルコのイスタンブールを舞台に、欲望や嫉妬が渦巻く男女3人の逃避行を描く。彼らは後戻りできない破滅の道を進んでいく。「ギリシャに消えた嘘」は、いまのギリシャ情勢そのままではないか。
◆ギリシャの資金繰りが綱渡りの状況だ。金融支援を巡り欧州連合(EU)などは4月末までの合意を目指してきたが、ギリシャとの溝が埋まらず債務不履行(デフォルト)のリスクが浮上している。格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)はギリシャ国債を格下げし、ギリシャ国債の利回りは急上昇している。
◆EUとギリシャは本来2月末で終るはずだった金融支援を6月末まで4カ月延長することで合意したが、その融資実行はギリシャの構造改革が条件だった。ところがギリシャは構造改革に後ろ向きで着手する姿勢すら見せない。政権基盤が脆弱なチプラス首相には与党内で「反緊縮」勢力に配慮せざるを得ないという事情があるからだ。EUには改革を約束し資金支援を頼み、国内には甘い顔を見せる。自らの嘘で破滅の道を歩んでいるようにも見える。
◆「ギリシャに消えた嘘」の原題は「The Two Faces of January」。Januaryは「Janus(ヤヌス)の月」に由来している。ヤヌスはローマ神話に登場する天国の門の守護神。前後両面についている二つの顔で過去と未来、物事のはじめと終りを同時に見ることができる。チプラス首相も内向き・外向き二つの顔をお持ちのようだが、ヤヌスとは違って物事の起因とその帰結とを同時に見ることはできないようである。ギリシャを巡る物語、「転」があまりに大きく外れると「結」での着地が難しくなる。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆