◆節分、立春と季節の変わり目について書いた。季節の移ろいだけでなく、経済や相場の流れも変わるのだと述べた。もっとも変わりやすいのは人の心である。「女心と秋の空」は変わりやすいものの例えとして有名だが、元は「男心と秋の空」だったらしい。それではあまりに(真実過ぎて)女性が可愛そうなので、「女心」に変えたという説もある。つまり、男も女もひとはみな、心変わりするものなのである。
◆それは良きにつけ悪しきにつけ執着心が乏しいということだろう。坂口安吾は、「今日の日本人は、凡そ、あらゆる国民の中で、恐らく最も憎悪心の少ない国民の中の一つである」と述べている。若き日の安吾はアテネ・フランセのフランス人教師から「殺しても尚あきたりぬ血に飢えた憎悪を凝らした目」で睨まれた。
「このような憎悪が、日本人には無いのである。『三国志』に於ける憎悪、『チャタレイ夫人の恋人』に於ける憎悪、血に飢え、八ツ裂にしても尚あき足りぬという憎しみは日本人には殆んどない。昨日の敵は今日の友という甘さが、むしろ日本人に共有の感情だ」(「日本文化私観」)
◆「赦す」という行為は人間の美徳のなかで最上位に位置すると僕は思う。成熟した社会ほど「罪を憎んで人を憎まず」という精神が尊重されている。「憎しみ」や「怒り」からは何もポジティブなものは生まれない。それどころか「憎しみ」や「怒り」といった負のエネルギーは強大で手に負えず、結局のところ個人を、そして社会全体を疲弊させる。それこそがテロリストの狙いなのだ。僕らが負のエネルギーを溜めれば溜めるほど、奴らの思う壺である。
◆分かってはいるのだ。しかし、その一方で意識的にしていかなければならないことがある。「昨日の敵は今日の友」 - それは高貴な精神のように見えて、実は安直な妥協でもある。絶対に許されない、赦すべきできない悪がこの世に存在する限り、このネガティブな「憎悪」という感情を維持し続けていかなければならない。それはこの世に生き残っている者すべてが背負わされた十字架である。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆