◆昔、中国・宋の国に狙公というひとがいた。飼っている猿に「これからはトチの実(どんぐり)を与えるのを朝に3つ、夕方に4つにする」と言ったところ、猿が怒ったので、「では、朝に4つ、夕方に3つ与えよう」。すると猿は満足したという。目先の違いにとらわれて、同じ結果であることに気がつかない。「朝三暮四」の故事である。
◆似た言葉に「朝令暮改」というのがある。こちらは朝出した命令が夕方にはもう改められるという意から命令や政令などが頻繁に変更されて、一定しないことをいう。上場企業の事業戦略においてさえも場合によっては「命令」に近い形で決定が下されるケースがあっても不思議ではない。
◆国内携帯電話4位、イー・アクセスの買収を中止すると発表したヤフーが、一昨日の株式市場で11%超の急伸となった。通信事業を自ら手がけるよりインターネットサービスに専念する方が得策と判断したことが買い材料になった。「設備投資負担の重さなどを考えれば、買収中止は英断」と評価する声がアナリストから挙がったという。これが株価を1割以上も押し上げる英断であるならば、そもそも買収すると決断したことはどうなのだろう。買収決定は市場で不興を買って株価は2割強下落。買収中止で1割高だから今回の買収騒動で下げた分の半分も戻していない。これでは猿も納得しないだろう。
◆買収の決定も中止も「グループ内の協議を経て」とのこと。そもそも狙公が猿のえさを減らすことにしたのは、家計が苦しくなったからである。「いずれトヨタも抜く」と豪語するほど業績好調な親会社ソフトバンクの台所事情が、まさか「朝三暮四」の故事と同じではあるまいが。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆