◆マネックスのオフィスは東京の麹町、新宿通り沿いにある。仕事柄、東京証券取引所に行くことが多いが、その時は皇居のお濠を半周して、東京駅側に出る。左に回れば千鳥ヶ淵から、右に回れば桜田門からだが、僕はいつも左回り。千鳥ヶ淵~北の丸公園入口に続く道沿いの木々が四季折々に変わっていく様を眺めたいからである。もうひとつの理由は平川門の趣を目にしたいからである。皇居の門のなかではいちばん流麗で気品があって好きである。

◆竹橋~消防庁を過ぎると、タクシーの運転手さんに「三井物産の角を曲がって」とお願いする。三井物産の本社ビルもいよいよ再開発計画が動き出す。2万900平方メートルの敷地に、緑地と2棟の高層ビルを建てる計画で、オリンピックに合わせ2019年度に完成予定だ。有名になったカルガモ池も新たな人工池に作り直す。カルガモ親子がまた戻ってきたらうれしい。

◆三井物産の敷地の一角に「将門の首塚」がある。平安時代、朝廷に反逆し下総で討死した平将門の首を祀ったもので、祟りがあると恐れられてきた。実際に、撤去しようとするたびに幾度も不審な事故が起きたというから、誰も触れない。首塚は都指定文化財にもなっており「文化財保護のために」という理由をつけて、今回もまた首塚の一角は再開発計画に含めなかった。「さわらぬ神に祟りなし」である。それでいいと思う。

◆僕自身は迷信や祟りなど非科学的なことはまったく信じない人間であるが、その一方で効率性ばかり追求してもロクなことがない、という考えも持ち合わせている。東京証券取引所は90年代に入ると、それまで人の手だけで行われていた立会場における発注や付け合わせなどの業務にコンピュータを導入した。システム化が進むにつれ、立会場から人の姿がだんだんと減っていき、99年4月をもって東証の立会場取引は120年超の歴史に幕を閉じた。それはまさに90年代を通じて低迷を続けた日本株相場の歩みと平仄を合わせたかのように映る。

◆世界最先端の高速取引システムを擁するニューヨーク証券取引所はいまだに立会場にフロア・トレーダーを残している。株価暴落を伝えるニュースに載ったフロア・トレーダーの写真を見ると、ある者は呆然とし、ある者は手で顔を覆っている。それが相場の表情だ。相場は生き物で感情が渦巻いていることを彼らの表情を通じて知る。株に限らず、「市場」や「取引」というものは効率性がすべてではない。東証へ向かうタクシーのなか、「将門塚」を横目に見ながら、ふとそんなことを思った。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆