◆「ゼロ打ち」と言うそうだ。投票が締め切られる午後8時に、テレビ各局が流す「当選確実」の速報テロップのことである。午後8時では開票率は0%。その段階で「当選確実」と打つから「ゼロ打ち」である。投票箱が開いてもいないのに、どうしてそんな芸当が可能かと言えば、入念な事前調査の賜物だ。世論調査を繰り返す。各陣営を独自に取材する。支援する業界団体や後援会がどれくらいの票数を固めているか、演説会や集会の盛り上がりはどうか。選挙区の町内会をまわって情報を集める。結構、手間のかかる作業だ。
◆こうした調査にもとづき、事前に「当選確実候補者」を決めておく。最終的には当日の出口調査と照らし合わせる。午後8時。時報とともに、各局の当確打ち担当者が一斉にクリックする。「ゼロ打ち」は投票が締め切られる8時0分01秒から打てるが、8時0分00秒に打ってしまうと、公職選挙法違反になるからフライングは許されない。かと、言ってクリックのタイミングが遅れては他社の後塵を拝することになる。まさに01秒を争う反射神経の勝負なのである。
◆相場の世界はさらに先をゆく。マイケル・ルイス『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』で話題になったHFT(高速高頻度取引)は、高性能コンピューターを駆使して01秒どころか、その千分の1(ミリセカンド)のスピードを競う。米国の雇用統計が発表されると瞬時に株価や為替レートが大きく動くことがあるが、それらはHFT業者が事前に組んでおいたプログラム・トレードによるものだ。人間の反射神経では勝負にならない。
◆では、そうしたHFTによるプログラム売買が大きな成果を挙げているかといえば、それほど儲かってはいないだろうと僕は推測する。HFT全体の利益は別だが、殊、経済統計の発表に賭ける取引についてである。指標が発表されてその結果の良し悪し、あるいは予想対比の上振れ下振れ、それだけでトレードしてうまくいくほど相場は甘くない。テレビ局の当確速報だって、あくまで「見込み」で流すものだから、なかには誤報もあるという。但し、間違える頻度は相当少ない。事前に入念な調査があるからだ。調査なしに反射神経だけでクリックしているトレードとはわけが違うのである。
◆衆院選の結果は与党の圧勝。昨夜のテレビも「ゼロ打ち」「当打ち」のオンパレードだった。いかに今回の衆院選が「まともな勝負」になっていなかったかということだ。小欄第129回で書いた通り、戦う相手のいない「不戦勝」みたいなものである。郵政解散の時には「小泉チルドレン」が、民主党躍進の際には「小沢ガールズ」が誕生した。今回の選挙で当選した新人議員を「フラッシュ・ボーイズ」と呼んだらどうか。電撃的な解散総選挙が産んだものだからである。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆