◆今日は理論物理学者エルヴィン・シュレーディンガーの誕生日。有名なシュレーディンガー方程式を確立した量子力学の泰斗である。電子などの粒子は観測されていないときは複数の可能性の重ね合わせとして複数の場所に同時に存在する。観察すると複数の重なり合ったなかからひとつの状態が選択される。それを確率的に予測するのが波動方程式(シュレーディンガー方程式)である。
◆この手の話題は気をつけなくてはいけない。読者を置き去りにする危険がある。つい最近も反省したばかりだ(第36回「ポエム」)。それでもシュレーディンガーを取り上げたのは、『新潮流』における、まさに「流れ」からだ。先週末金曜日のコラムでは甲子園の開幕にあわせ「高校野球の魅力は、真っ黒に焼けた球児と白球のコントラストにある」と書いた。昨日のコラムでは、白玉黒玉を使った「エルスバーグの実験」の話。今日は実験つながりである。シュレーディンガーが行った有名な思考実験がある。それが「シュレーディンガーの猫」である。
◆昨日の話は壺だったが、今日は箱である。箱の中に次のものを入れる。一匹の猫。毒ガス。電子。電子に反応するセンサー。電子がセンサーを通れば毒ガスが出て猫は死ぬ。通らなければ猫は生きている。電子の位置によって猫の生死が決まるが、それは箱のふたを開けて(観察して)初めてわかることだ。ところが観察される前の電子は重なり合って複数の位置に存在する。猫の生死が電子の位置次第ということならば、ではふたを開ける前の箱の中の猫は、生きている猫と死んでいる猫とが重なり合って一匹の猫として存在しているというのだろうか。そんなバカな話はないだろう、というのが、シュレーディンガーが自ら築いてきた量子力学に対するアンチテーゼであった。
◆僕はよく「期待値」で考えようという。上昇確率、下落確率ともに50%だが、上昇した場合のリターンが5%、下落した場合のリターンがマイナス10%ならば、その市場(銘柄)の期待リターンはマイナス2.5% - よって売りだ...みたいな話である。但し、この期待値というもの、使い方を誤ると、とんでもない結論になるので注意が必要である。例えば昨日の例で言えば、壺に白玉と黒玉が半々入っている。白を取る確率50%、黒を取る確率も50%だ。では、この壺から取り出す玉の色の期待値は「灰色」か?これは明らかに「玉の色」を期待値に設定したところに誤りがある。玉の色に「リターン」という数値を紐つけないといけないのである。
◆ 現実の世界は確率で表現することが適しているケースと、無論、そうでないケースがある。「あなたが癌にかかる確率は10%」などと言われて、「そうか、俺は10%の確率で癌になるのか」と思うひとはまずいないだろう。癌になるかならないかは、当人にとってはオール・オア・ナッシング。なるかならないか、0/100(ゼロ百)の問題である。
「『半分だけの信頼』なんて、あるはずがない。 飛行訓練生が初めて単独飛行するとき、教官が『半分だけ』横に座っているわけにはいかない」( トム・ピーターズ「経営破壊」)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆