実質実効レートで考える円安の限界
2015年6月10日、当時の黒田日銀総裁による「実質実効為替レートからすると、ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」との発言は、アベノミクス円安と呼ばれた、2011年10月の75円から125円までほぼ50円もの米ドル高・円安が終止符を打つきっかけとなった。ただ、この発言は「謎」が残るものだった(図表1参照)。
実効レートとは通貨の総合力を示す指標で、それを物価調整することで実質化したのが実質実効レートだ。図表2は、そんな円の実質実効レートだが、2015年6月当時は安値更新の最中だった。これを見て、「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」となぜ言えたのか。
そこで私が、こんなふうに「加工」すると、確かに「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」との印象になるのが、円の実質実効レートの5年MA(移動平均線)かい離率だ(図表3参照)。
これを見ると、円の実質実効レートには、5年MAかい離率がマイナス20%に達すると一巡する、つまり円安が終わるパターンがあった。そして、2015年6月の「黒田発言」当時、同かい離率はマイナス20%以上に拡大していた。その意味では、確かに「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」という印象もおかしくなかっただろう。
2015年6月、「黒田発言」をきっかけに、1米ドル=125円で円安が終了したことから、125円を円安の限界といった意味の「黒田ライン」と呼ぶ声が多かった。しかし、ここまで見てきたことからすると、そうではなく、円安の限界という「真の黒田ライン」は、円の実質実効レートの5年MAかい離率20%が1つの目安になると私は考え、これまでもレポートなどで説明してきた。
2022年に展開した歴史的円安は、10月151円で終了となったが、円の実質実効レートの5年MAかい離率は同じ10月のマイナス21%がピークだった。以上を踏まえると、2022年10月151円で円安が終了したのは、2015年6月と同様に「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」といった具合に、ほぼ円安の限界に達していた中で、日本の通貨当局が大規模な円安阻止介入を行ったことなどによる「合わせ技」による結果だったのではないか。
さて、円の実質実効レートの5年MAかい離率は、3月にはマイナス16%まで縮小した。ただ、この5月にかけて、円は対米ドルで年初来の安値を更新し、一部のクロス円では2022年10月以上に円安となっている。その意味では同かい離率も円安の限界といった意味の「黒田ライン」のマイナス20%に接近している可能性があるだろう。
円の実質実効レートの5年MAかい離率がマイナス20%といった「円安の限界」に達しながら、さらなる円安継続となったのは、2014年10月のいわゆる「黒田バズーカ2」などがきっかけだった。そんなきっかけ、最近の状況ならFRB(米連邦準備制度理事会)による予想以上の利上げといった流れにならない限り、大局的に見ると円安は限界圏に達している可能性が高いのではないか。