円安の限界、その目安とは?

2015年6月10日、黒田日銀総裁の行き過ぎた円安を示唆した発言をきっかけに、当時の米ドル高・円安は125円で終了となった。こういった経緯から、2022年に入り米ドル高・円安が広がる中で、125円の通過に対しては黒田総裁の言動を注目する見方もあった。

このとき私は、黒田総裁は米ドル高・円安の125円通過を黙認するだろうというレポートを書いた(3月28日付為替デイリー「黒田総裁、125円通過を黙認の可能性」)。それは、2015年6月に、黒田総裁が「円安は行き過ぎ」との主旨の発言を行ったのは、125円といった米ドル/円ではなく、目安は違っていたと考えたからだ。

そもそも、当時の黒田総裁の実際の発言は米ドル/円に言及したものではなかった。正確には、円の実質実効レートを引き合いに出した上で、「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」というものだった。

確かに、2015年6月当時、円の実質実効レートは安値更新が続いていた(図表1参照)。ただ、安値の更新は2013年頃から起こっており、その意味では2015年6月に改めて、「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」との見解になることを説明できるとは考えにくかった。

【図表1】円の実質実効レートとその5年MA (1995年~)
出所:リフィニティブ社データをもとにマネックス証券が作成

円の実質実効レートを前提として、「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」との見方と辻褄が合うようにするためには、少し「加工」する必要がありそうだった。

例えば、円の実質実効レートの5年MA(移動平均線)かい離率は、マイナス20%前後で拡大が一巡するパターンがあった(図表2参照)。2015年6月の「黒田発言」の頃、同かい離率はマイナス20%以上に拡大していた。これを見ると、確かに「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」となっただろう。

【図表2】円の実質実効レートの5年MAかい離率 (1995年~)
出所:リフィニティブ社データをもとにマネックス証券が作成

以上のように見ると、実際に黒田総裁が意識していた目安がそれだったかはともかく、2015年6月の「黒田シーリング」は、米ドル/円の125円よりは、円の実質実効レートの5年MAかい離率マイナス20%超の方が参考になったのではないか。

さてその円の実質実効レート5年MAかい離率は、3月に米ドル高・円安が125円に到達した時も、マイナス12%程度に過ぎなかった。その意味では、米ドル/円の125円でも、黒田総裁が2015年6月のような「ここからさらに円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」との見解を示すことがなかったこととも辻褄が合う。

ただし、周知のとおりその後も円安は大きく進んだ。その中で、円の実質実効レート5年MAかい離率も6~8月とマイナス20%程度まで拡大した。その上で9月は、米ドル高・円安が一段と進んだことから、円の実質実効レート5年MAかい離率も、マイナス20%以上に一段と拡大したのだろう。

黒田総裁が「普通ならこれ以上の円安はない」と考えた「黒田シーリング」が、米ドル/円レートではなく、円の総合力を示す実質実効レートを少し「加工」したものが目安となっていたなら、最近にかけての円安の拡大により、着実にそんな「黒田シーリング」に接近している可能性がある。

では、黒田総裁がこの先、2015年6月と似たような「普通ならこれ以上の円安はない」といった発言を行うかと言えば、その可能性は低いだろう。当時の円安は、黒田総裁の影響が大きいとの見方が大きかっただけに、行き過ぎた円安の弊害が自らへの批判になることを避けるべく、「円安幕引き」に動いたと私は考えている。それに対して今回は、あくまで米利上げを受けた米ドル高・円安であり、黒田総裁はその中の主役ではない。

ただ、円の実質実効レート5年MAかい離率がマイナス20%以上で拡大一巡となってきたのは事実であり、それは円安の限界を示している可能性がある。そもそも、2015年6月も、黒田発言で円安が終わったというより、円安の限界に達していたから、黒田発言が効果的になったと考えるのが普通だろう。

そうであれば、黒田発言の有無にかかわらず、米利上げに伴う米ドル高の結果としての円安も既に限界圏に達しており、この先は行き過ぎ、オーバーシュートがどれだけあるかを試す局面に入っている可能性があるという認識は必要だろう。