3月16日、米ドル/円相場は1ドル119円台へと上昇し、円安ドル高が進行しています。2月24日にロシアがウクライナに侵攻したという有事下においても円が買われることがなく、円売り米ドル買いが加速したのはなぜなのでしょうか。

有事の米ドル買いとは

有事の米ドル買い、有事の円買いという教科書的経験則をご存知でしょうか。世界経済に影響を及ぼしかねない戦争や災害などの有事、○○ショックなどと呼ばれるような経済危機が起こった場合、株などのリスク資産に投資されていたマネーがリスクを回避するために現金化されることで、米ドルや円が上昇する事象を指します。

基軸通貨の米ドルは世界の取引シェアが大きく、世界の投資家は米ドルを軸にして世界中に投資をしています。これが戦争や経済危機などにより不確実性が高まった際にはキャッシュ化されるため、米ドル転(米ドル買い)が起こります。では、なぜ基軸通貨ではない円が有事の際に上がる場合があるのでしょうか。

有事の円買いとは

2008年リーマン・ショック時には1ドル110円台から90円台へと10円ほどの円高に、2011年の東日本大震災時には82円台から77円台へと5円あまりの円高となりました。

これまで有事の円買いは「日本が世界最大の対外純資産国である」ことが背景であると解説されてきました。日本の企業や政府、個人が海外に持つ資産から負債を差し引いた対外純資産残高は、2020年末時点で356兆9,700億円であり、30年連続で世界第1位の座をキープし続けています。

有事の際は、この対外資産(外国にある資産)を現金化して日本に戻す動きが出るだろうという思惑が円買いにつながるというのが通説でした。

しかし、実際のところはこの対外純資産が有事の際に現金化されて円転されたわけではなく、短期の投機筋らが上記観測を背景に反射的に円を買っていたというのが実態とみられています。

ロシアによるウクライナ侵攻では有事の円買いが起こらなかった理由

今回の有事では投機筋と呼ばれる世界のトレーダーらが反射的に円を買うトレードを行わなかった、と考えられるのですが、その背景には大きく2つ要因が挙げられます。

1.日米金利差は今後拡大を続ける見込み

3月16日、米連邦準備制度理事会(FRB)は3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でFFレートの 0.25%の利上げを決定しました。事前の議会証言でFRBのパウエル議長は0.25%の利上げを示唆していたため驚きはありませんでしたが、利上げ決定で材料出尽くしとなることなく、米ドル高が加速する展開となっています。

ロシア・ウクライナ有事が景気への悪影響となるリスクに配慮し、今後の利上げの見通しが幾分マイルドに転換する可能性を予想する向きもありましたが、FOMCボードメンバー16名中12名が2022年に7回以上の利上げを予想しており、米国の金融政策はインフレを潰すことが最重要課題であることが改めて示されました。

米国の金利上昇が中長期のトレンドとなることが示された一方で、日本のインフレ率は未だ2%ターゲットに到達できておらず、利上げの議論すら始まっていないことから、日米の金融政策のコントラストが日米金利差の拡大=米ドル/円相場の上昇トレンドを加速させていると考えられます。

2.日本は恒常的な赤字体質に転落?

原油や天然ガスを始め、非鉄金属、農産物などあらゆるコモディティの価格上昇が日本の赤字を膨らませています。

2月の貿易統計速報は輸出額、輸入額ともに2月としては過去最大となったのですが、資源高の影響で輸入の伸びが輸出を上回り、貿易収支は6,683億円の赤字となりました。赤字は7ヶ月連続となっています。

資源のない日本はエネルギーや農産品を輸入する他なく、輸入コストが上昇すれば赤字は拡大します。輸入にはより多くの米ドルが必要となることから円売りドル買いが発生するため、このまま資源高が続けば日本の円安基調は恒常的に続く可能性が大きいと考えられます。

このような米ドル/円相場の構造的な変化が、今回の有事では円買いにつながらなかった背景にあるものと見ています。米ドル/円相場上昇のトレンド終焉には資源高のトップアウト、もしくは日銀の金融政策も利上げの議論が始まるなどタカ派化することが条件となるでしょう。