2021年6月、エーザイ(4523)が米製薬大手バイオジェン(BIIB)と共同開発したアルツハイマー病に対する世界初の疾患修飾薬「アデュカヌマブ(製品名ADUHELM)」が米国食品医薬品局(FDA)の承認を受け、エーザイの株価が約8割も上昇したのは記憶に新しいところです。

脳内にアミロイドβ(Aβ)という“たんぱく質のゴミ”が蓄積することがアルツハイマー病の一因と考えられていますが、アデュカヌマブには蓄積されたアミロイドβの“掃除”を促す機能があるとされています。

従来のアルツハイマー病薬は症状を一時的に緩和させるだけで病気の原因に直接作用するものはなく、その意味でアデュカヌマブが画期的な存在であることは間違いありません。しかし、現状では安全性への懸念や効果が限定されるなど課題も多いようです。

夢の治療薬への期待が膨らむのは、アルツハイマー病患者やその家族をめぐる厳しい現実があるからです。徘徊や暴言といった症状もそうですが、多くのアルツハイマー病患者に共通するのが、認知機能が低下した後の財産管理の問題ではないでしょうか。

そこで今回は、アルツハイマー病患者をサポートする国の「成年後見制度」と、認知機能低下時への対策として注目される「家族信託」について取り上げたいと思います。

成年後見制度の意外な落とし穴

成年後見制度には、被後見人の判断能力や抱える事情に応じて「補助」「保佐」「後見」の3種類があり、後にいくほど後見人の関与の度合いが大きくなります。制度利用に当たってはまず、被後見人の4親等以内の親族が家庭裁判所に後見開始の審判の申し立てを行わなければなりません。

申し立てを受けて家庭裁判所が後見人を選任するわけですが、場合によっては申し立てから選任まで3~4ヶ月かかることがあります。また、申し立ての際に親族を後見人候補とすることも可能ですが、8割近くのケースで、弁護士、司法書士、社会福祉士といった“プロ後見人”が選任されているようです。

後見がスタートすると、後見人には報酬が発生します。プロの場合、基本報酬は月額2万~5万円程度かかり、管理財産が大きければその分報酬額も高額になっていきます。また、保険金の請求や遺産分割協議など“特別困難な事情”が生じた場合、基本報酬の50%までの範囲で追加報酬が請求されることもあります。交通費などの必要経費も別途支払わなければなりません。

後見人には介護施設の入居手続きや定期的な支払いなどを任せられるため、親が遠方で一人暮らしをしていて頻繁に帰省できないといったケースなら便利かもしれません。その半面、後見人絡みでしばしば聞こえてくるのが、厳格な財産管理への不満の声です。

後見人がついた後は、実の子どもであろうと親の財産にはほとんどタッチできなくなります。法要でまとまったお金が必要になっても、親の口座から引き出したり、定期預金を解約したりすることはできません。親名義の株式や不動産の売却も、よほどのことがない限り認めてもらえないようです。

結果として、制度利用開始後の相続対策はかなり難しくなります。

家族信託のメリット・デメリット

筆者の周囲にも親が被後見人となっている人が数人いますが、報酬と経済的な不自由さに抵抗を感じているようです。

では、認知機能が低下する前に何らかの対策を行っていた場合はどうでしょうか。今話題の家族信託を見てみたいと思います。

家族信託とは、非営利目的の民事信託の一種です。信託契約により、例えば、親の財産を「信託財産」とし、子どもの1人が「受託者」となって信託財産の管理・運用を行い、そこから得られた利益は「受益者」である親が受け取るといった仕組みをつくることができます。

親が元気で判断能力もしっかりしている間に契約を交わしておけば、その後認知機能が低下したとしても、財産を凍結されることなく、そのまま管理や運用を継続していくことができます。株式や不動産などを必要に応じて売却することも可能です。

「なんだ、家族信託は良いことばかりじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、家族信託にも注意点はあります。最も気になるのが、受託者となった家族の負担が極めて重いことです。

信託財産の状況を明らかにするため、受託者には帳簿などを用意して管理し、さらにその上で年1回賃借対照表や損益計算書などの書類を作成して受益者に報告する義務があります。また、受託者の怠慢で信託財産に損害が生じた場合には、受益者は損失の補てんや原状回復を求めることができ、受託者はこれに応じなければなりません。

いくら家族間の問題とはいえ、信託は“契約”ですから、適当に済ませるわけにもいきません。信託銀行などのプロならともかく、仕事を持つ人にとって受託者の任務は荷が重いように思えます。さらに、受託者は権限が大きいだけに、高度な見識や倫理観も要求されます。

家族信託の最大の問題は、「家族の中に受託者の適任者がいるのかどうか」ということに尽きるのではないかと思います。

「家族の中で管理するからコストも安いだろう」と思う人もいるでしょうが、実際はそうとも言えません。信託契約書の作成やコンサルティングなどを司法書士事務所に依頼して、100万円近い手数料を請求されたという人もいます。

元気なうちなら選択肢も広い「認知症の事前対策」

アルツハイマー病などの診断を受けた後にとれる対策は、現状、成年後見制度くらいしかありません。しかし、まだ元気なうちなら、家族信託を含めた幾つもの選択肢から選んで備えておくことが可能です。

ここ数年はこの事前対策の分野で新しい商品やサービスが登場してきており、自分の予算に合わせた使い勝手のいいものを探してみるのも良いでしょう。

冒頭のアデュカヌマブの話に戻りますが、アルツハイマー病の薬剤治療が可能になるまでは、もう少し時間がかかりそうです。夢の治療薬を期待しつつも、リスクに備え、親が元気なうちに対策を打っておくことが大切だと思います。