コロナ禍において若い世代の個人投資家が台頭してきていますが、日本証券業協会の2020年の意識調査(※)によると、日本では個人投資家の過半数を60歳以上のシニア層が占めているようです。教育資金や住宅ローンなどの目処がたち、時間的余裕もあるシニア層は、じっくり腰を据えて投資に取り組むのに適した世代と言えるでしょう。

そこで今回は、シニア投資家に向け、今後投資を続けていく上で考えておきたいお金のリスクについて取り上げたいと思います。

今後投資を続けていく上で注意したいお金のリスク

【1】保有銘柄の価格変動リスク

まず挙げられるのが、マーケットの状況による保有銘柄の価格変動リスク。とりわけコロナ禍のここ2年ほどはマーケットのボラティリティが高まっています。ただし、これはシニアに限らず、個人投資家全般に共通するものです。

【2】老後資金のショートリスク

しかし、シニア層にとってより切実なのは、老後資金のショートリスクの方だと考えられます。2019年には「公的年金だけでは老後資金が2,000万円足りない」問題がメディアなどで大きく取り上げられました。現在のシニア層は“年金逃げ切り世代”と言われますが、それでも公的年金だけで十分暮らしていけるという方は限られるのではないでしょうか。実際、このコロナ禍でも年金の足しにと高配当銘柄に投資していた投資家から、「保有銘柄が次々無配になって不安だ」という声を聞いたことがあります。

【3】認知機能の低下等により、お金の管理ができなくなるリスク

さて、前述した【1】の価格変動リスクや【2】の老後資金ショートリスクは、私が指摘せずとも、シニア投資家ご自身が常々自覚し、解決に取り組んでいる課題かと思います。
しかし、もう1つ、大変深刻ながら「見逃されている」、あるいは、人によっては「考えないようにしている」リスクがあります。
それが、【3】認知機能の低下等により自分でお金の管理ができなくなった時のリスクです。

「人生100年時代」「生涯現役」といったキャッチフレーズを目にするようになって久しいですが、現実に70歳や80歳を超えてなお頭脳明晰で、活発に売買を続ける投資家が多数いらっしゃいます。

65歳以上の5人に1人が認知症に罹患する可能性

一方で、次のようなデータにも留意しておく必要があります。

厚生労働省が6年前の2015年に発表した認知症施策推進総合戦略「新オレンジプラン」の推計によると、国内の認知症患者は2025年には700万人を超える見通しで、計算上は、なんと65歳以上のシニアの約5人に1人が認知症に罹患することになります。

日本人の認知症の約6割を占めるアルツハイマー型は初期の短期記憶障害からゆるやかに進行していくため、本人や家族も年齢相応の“物忘れ”と区別がつかず、診断を受けた時にはすでに中度や重度だったというケースが少なくありません。

認知症と診断された場合、金融機関の口座はどうなる?

認知症の診断を受けた後、お金の管理に困るのは本人よりもむしろご家族の方です。

顧客が認知症と診断された場合、証券会社や銀行などの金融機関は速やかに顧客の口座を凍結し、その後の取引をストップするルールになっています。子どもと連れ立って銀行に行って、自分の預金口座から治療費を引き出そうとしても、応じてもらえないのです。

「成年後見制度」を利用

このような場合は「成年後見制度」を利用し、家庭裁判所が指定する成年後見人に資産の管理を委ねる形になります。家裁に制度の申し立てを行う際は、家族を後見人の候補者として推薦することも可能ですが、実際には、親族間の公平性維持などの観点から弁護士や司法書士、社会福祉士といった専門家が選任されることが多いようです。

投資家にとって厄介なのは、成年後見人の判断基準は「被後見人の財産の保護」が第一義となるため、積極的な資産運用には否定的で、マーケットの動向を見ながら保有銘柄を売却することすら難しくなることです。被後見人名義の自宅不動産が売却できず、介護施設入居の一時金を、子どもたちが虎の子の預貯金を出し合って捻出したという話を聞いたこともあります。

認知症と診断された後では打つ手は限られる

誰もが、自分が認知症になったり亡くなったりした後のことを考えるのは気が重いものです。ましてや現在60代の人であれば、「平均寿命(2020年時点で男性81.64歳、女性87.74歳)までゆうに20年以上あるのに、なぜ今からそんなネガティブリスクと向き合わなければならないのか」と思うかもしれません。

しかし、自立した生活が送れる“健康寿命”(WHOが提唱した指標で、平均寿命から認知症や寝たきりによる要介護期間を差し引いたもの。こちらはデータが少々古く2016年時点ですが男性72.14歳、女性74.79歳)は、男女ともに平均寿命より約10年短いことも覚悟しておく必要があります。

前述したように、認知症の診断を受けてしまった後に打てる策は成年後見制度くらいしかありません。結果的に、意に反して次世代に大きな負担をかけてしまう恐れがあります。しかし、元気な今のうちなら、子どもたちも巻き込んで、より効果的な対策をしておくことが可能です。

憂いなく投資を継続していくためには、他の2つのリスクと同様、3つ目のリスクを自覚・把握した上で、なるべく早めに対策に着手しておきたいものです。

 

(※)日本全国の個人投資家を対象に証券の保有状況や投資目的、課税制度に対する意見等証券投資の意識調査(2020年)