2019年7月、民法の相続に関して規定した部分、いわゆる「相続法」が約40年ぶりに改正されました。この改正では、相続に関する負担の軽減を図るなど、高齢化の進展や社会環境の変化に対応した大きな見直しがされています。今回の改正には、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか?

相続法改正において、比較的皆さんに関係があって注目度の高い「預貯金払戻制度」「遺言制度」そして「特別寄与料」について、朝日税理士法人で数多くの相続案件を担当する税理士の金澤毅仁先生に4回連載で解説していただきます。

「故人の銀行口座が凍結されて葬儀費用が出せない」がなくなる?

「相続が発生すると銀行口座が凍結されてしまって葬儀費用の支払に苦労するから、相続の前にできるだけ銀行預金を出金しておいた方がいい」こんな話をどこかで聞いたことありませんか?

確かに口座名義人に相続のあったことを銀行が知るとその名義人口座は凍結されてしまいますので、葬儀費用の支払に苦労されることがあります。

先日、夫を亡くされたAさん。夫の口座から葬儀費用の支払をするために、銀行窓口で振込手続きしようとしました。昨今の振り込め詐欺対策の一環でしょうか、支払の用途を窓口の担当者から質問されました。Aさんが夫の葬儀費用の振込である旨を伝えたその瞬間、夫名義の口座を凍結されてしまい、肝心の葬儀費用の支払ができなくなって途方に暮れてしまいました――。

このたびの相続法改正において、被相続人(亡くなった人)の預貯金口座の仮払制度が創設されました。これにより前述のAさんのように途方に暮れる事態がかなり解消されるものと期待されています。

従来の銀行実務では、相続が発生し故人の預金口座が凍結されても、葬儀費用の請求書等を提示することで、凍結されている故人の預金口座からの葬儀費用の支払を認めてくれるなど、柔軟に対応してくれる金融機関も多少ありました。

しかし、2016年12月29日の最高裁による判例変更後は、銀行預金は遺産分割の対象として扱うこととされました。これにより、故人の預金口座からの払い出しには共同相続人全員の同意(いわゆる相続人全員が自署と押印すること)が必要となり、故人の口座から葬儀費用を柔軟に支払うことは困難になってしまいました。

預貯金の仮払いでいくら払い出しされる?

相続法改正により2019年7月1日以降は、下記の要件でそれぞれ相続人が単独で払い出しを受けることができることになりました。

【仮払いを受けることができる上限金額の計算方法】
預貯金残高×3分の1×法定相続分

※ただし1金融機関につき150万円を上限

お父さんであるBさんが亡くなったご一家の例で考えてみましょう。相続人は妻のCさん、長女Dさん及び長男Eさんの3人です。

お父さんであるBさんには、

・F銀行に1,000万円
・G銀行に400万円

預貯金残高がありました。

このたびの相続法改正により、妻であるCさんは、

・F銀行
1000万円×3分の1×法定相続分2分の1=166万円(上限の150万円となります)

・G銀行
400万円×3分の1×法定相続分2分の1=66万円

合計の216万円を単独で夫であるBさん名義の預貯金口座から仮払いを受け、この仮払金を、葬儀費用の支払や当面の生活費に充当することができることとなります。

従来であれば、葬儀費用や相続人の当面の生活費はCさん自身の預貯金から、あるいは生命保険金から、はたまたご親類から立替てもらって…なんて話をよく聞きました。

こうしてみると、このたびの相続法改正により、従来に比べて相続直後の資金的な負担、不安がかなり軽減されるものと思われます。

相続人が複数いる場合は仮払いに時間がかかることも

ただし、場合によっては注意が必要です。銀行に相続人が誰なのか、法定相続分は何割なのかを示すためには一定の戸籍謄本を金融機関に照会することが必要です。

例えば配偶者と兄弟姉妹が相続人になる場合には、必要となる戸籍がかなり広範囲にわたり、揃えるのに1~2ヶ月かかってしまうこともよくあります。このような場合には仮払いがなされるまでに相当の時間がかかってしまうことも想定されます。

冒頭の「相続が発生すると銀行口座が凍結されてしまって…」という話は、実はちょっとだけ正確ではありません。正確には「相続が発生すると」ではなく「銀行が相続の発生を知ると」なのです。

この点、人が亡くなると病院から死亡情報が自動的に銀行に通知されるとか、死亡届を役所に提出すると銀行口座が凍結されると勘違いされる方もいます。

でも実際はそんなことはありません。実際に銀行口座が凍結されるのは上述のとおり、ご相続人が窓口で葬儀費用の支払いをしようした時であるとか、ご相続人自身が銀行に伝えたときなのです。

にもかかわらず、亡くなったら即銀行口座が凍結されてしまうといった勘違いから、ご家族の容態がかなり悪くなると、その方の預貯金口座から引出限度額を連日出金していた、ATMで出金している間に容態が急変してご家族の最期に立ち会えなかったといった話を伺うこともあります。今回の相続法改正を理解することで、今後はこのような事態は避けられるものと思います。

最後に、このような相続直前での出金に関する相続税の注意点をお伝えします。相続税の課税対象となるのは、相続人が相続で取得した一切の財産です。

時折、銀行の残高だけ申告すればいいと勘違いされる方がいらっしゃいますが、前述の相続直前にATMから出金した現金は、相続時に銀行口座に入っていないとしても、いわゆる「タンス預金」として相続日時点で持っていれば、相続税の対象として申告する必要があります。

次回は、こちらも相続法改正の目玉の1つである、遺言制度の改正について解説します。