購買力平価を5割以上下回った「異常な米ドル安・円高」=1995年
足下の米ドル/円は日米の消費者物価で計算した購買力平価を5割以上上回っている(図表1参照)。かつてこれほど大きく購買力平価を上回ったことはなかった。その意味では「異常な円安」と言えるだろう。
ただし、逆に米ドル/円が購買力平価を5割以上下回ったのが1995年にかけての米ドル安・円高だった。これは戦後初めて1米ドル=100円を超える円高となったことから「超円高」と呼ばれた。購買力平価を5割以上上回っている最近の円安が「異常な円安」と言うなら、この「超円高」も「異常な米ドル安・円高」だったのだろう。
「異常な米ドル安・円高」反転のきっかけはG7協調介入
この1995年にかけて展開した「異常な米ドル安・円高」は、4月に80円で終わった。きっかけとなったのはG7(主要7ヶ国財務大臣及び中央銀行総裁会議)による米ドル買い協調介入だった。
このように、1995年にかけて展開した「異常な米ドル安・円高」を止めるべくG7協調介入が行われたことを考えると、現在の「異常な円安」を止めるべく、これまでの日本単独介入から日米協調介入が行われるようになったのも当然のように感じられる。
V字ではなくW字型で反転に向かった「異常な米ドル安・円高」
1995年4月25日に発表されたG7共同声明では、為替相場について以下のように言及された。「最近の変動は、主要国における基礎的な経済状況によって正当化される水準を超えていることに合意した。彼らは、こうした変動を秩序ある形で反転させることが望ましいこと(略)についても合意した」。
「こうした変動を秩序ある形で反転させることが望ましい」と宣言したものの、この声明発表から1ヶ月過ぎる中で、米ドル高・円安への反転は87円台までにとどまり、5月末には再び80円に迫る米ドル安・円高が起こった。これに対して改めてG7協調介入が行われると、結果的にこの「異常な米ドル安・円高」は終わるところとなったのだった。その意味では、「異常な米ドル安・円高」は、いわゆるV字型での反転ではなくW字型の反転となった。
日米協調介入は「異常な円安」反転のきっかけになるか?
1995年にかけて展開した「異常な米ドル安・円高」は、その後日本の通貨当局に「異色官僚」とされた榊原英資氏が参加、「ミスター円」と呼ばれる大活躍を演じたことなどから米ドル高・円安への反転に向かった。さらに、1997年後半から日本が金融危機の様相となったこともあり、1998年には150円近くまで米ドル高・円安となったのだった(図表2参照)。
「異常な米ドル安・円高」のピークで行われたG7協調介入と「為替相場の反転が望ましい」と述べたG7共同声明。実際にG7声明の通りに「異常な米ドル安・円高」の反転が実現するところとなったが、当時はその実現性に懐疑的見方が強かった。「異常な円高」の背景には、日本経済の構造的要因があり、それを変えないことには円安への反転は限られるとの考え方が常識のようになっていたのである。
さて、最近の「異常な円安」も日本経済の構造的要因が背景となっているため、日米協調介入などの対処療法だけでは変わらないとの見方がまだ多いようだ。はたしてそうなのか。「異常な相場」は、1995年のG7協調介入ではなく今回は日米協調介入ではあるものの、後から振り返ってこれが反転のきっかけになる可能性も注目してみたい。
