「AIと資本市場」なる文章を書いてみました。小論文というか、コラムというか。私にしては随分しっかりと時間を掛けて、良く考えて書きました。4000字ほどの文章で、いつものつぶやきは平均800字くらいだと思うので、一週間分くらいの分量になります。5回に分けてお届けしようかとも思ったのですが、全体でひとつのコンセプトなので、長いですが一気にお送りすることにしました。正式な表題は、「AIと資本市場 -評価から創造へ-」、はじめにとおわりにを入れて、全部で7つのパートから成っています。
今の時点に於ける、私の資本市場の解釈を表しています。そして同時に、私の人生観も、どこかに表れていると思います。それではどうぞ!
1.はじめに~AIは資本市場の役割を変えてしまうのだろうか~
AIの急速な進歩は、社会生活のあらゆる場面を変化させている。投資や経営、さらには資本市場もその例外ではなく、大きく変わることが予想されている。確かにAIは、企業分析、市場分析、投資判断のための情報の整理や比較など、多くの分野で、既に人間を上回る能力を発揮している。しかし、私はAIが変えた本質は、分析能力そのものではないと考えている。
AIが変えたのは、社会における希少性である。AIは、社会における希少性の構造を変えた。これまで希少だったものが希少でなくなり、逆に、これまであまり意識されなかったものの価値が相対的に高まったのである。そして、この希少性の変化は、資本市場が本来果たすべき役割を、これまで以上に重要なものにしている。
本稿では、この希少性の変化を手がかりに、資本市場は本来何のために存在するのかを考えてみたい。
2.評価と創造
社会には二つの営みがある。一つは、既に存在する価値を理解し、比較し、評価することである。もう一つは、まだ存在しない価値を創造することである。評価とは、既に存在する価値を理解し、比較し、その価値を見出す営みであり、創造とは、未来に評価される価値を生み出す営みである。言い換えれば、評価は「既にあるもの」を対象とし、創造は「まだないもの」を対象とする。例えば、既に存在する企業を分析することと、まだ存在しない企業を創ることは、同じ能力ではない。
そして、この二つは対立するものではない。むしろ、互いに補完し合うものである。評価があるから創造は磨かれる。創造があるから評価は意味を持つ。評価は創造を選び、創造は評価をアップデートする。社会は、この二つの営みを繰り返すことで発展してきた。新しい価値が創造され、それが評価され、その評価が次の創造を促してきた。
資本市場もまた、この二つの機能を持っている。市場は企業を評価し、価格を形成し、資源配分のためのシグナルを発する。しかし、それだけではない。新しい企業、新しい技術、新しい価値が社会に生まれるよう資本を供給する。つまり、資本市場はEvaluation Marketであると同時に、Creation Marketでもある。資本市場とは、この評価と創造を結び付ける社会の仕組みなのである。
しかし、AIはこの二つの営みにおける希少性の構造を変え始めた。評価の希少性を低下させ、評価のコストを劇的に下げることで、創造の重要性を相対的に高めたのである。この変化は、資本市場の役割そのものを問い直すことになる。そして、私はAI時代だからこそ、この「創造」の営みが社会にとってますます重要になると考えている。
3.AIは評価のコストを変えた
AIは、Informationだけでなく、Intelligenceの領域にも大きな変化をもたらした。
ここでInformationとIntelligenceを区別しておきたい。アメリカのCIAは、日本語では「中央情報局」と訳される。しかし、正式名称はCentral Intelligence Agencyである。Informationではない。Intelligenceなのである。この違いは、本稿において重要である。
Informationとは、個々の情報や事実の集合である。一方、Intelligenceとは、それらのInformationを関連付け、構造化し、意味のある洞察へと昇華したものである。AIは、公開情報を収集し、分析し、比較し、要約し、評価することの希少性を大きく低下させた。言い換えれば、AIは既に存在する価値を理解し、比較し、評価するためのコストを劇的に引き下げたのである。
AIは、Informationを収集するだけでなく、それらを関連付け、構造化し、Intelligenceへと昇華するコストまでも劇的に引き下げている。しかし、重要なのは評価そのものが不要になったことではない。評価の希少性が低下したことである。
私は2020年のエンゲージメント・ファンドの立ち上げに際して、「公開情報を速く正確に分析することによる競争優位は縮小し、企業とのエンゲージメントの重要性が高まる」と書いた。当時は投資手法について考えていた。しかし、今振り返ると、この変化は単なる投資手法の問題ではなかった。資本市場そのものの役割を考え直す出発点だったのである。
AIは評価を不要にしたのではない。評価による競争優位を縮小させ、さらには消失させつつある。
では、評価の希少性が低下した時代に、本当に希少になるものは何だろうか。
4.創造するとはどういうことか
未来は分析だけでは創れない。創造とは、未来を予測することではない。未来に新しい価値を生み出そうとする営みである。
創造には、起業もあれば、研究もある。芸術もある。経営もある。投資もある。形は様々である。しかし、その本質は共通している。創造は、まだ存在しない価値を、この社会に生み出そうとすることである。そのためには、既に存在するものを評価する能力だけでは十分ではない。創造の対象は、まだ存在していない。答えもない。正解もない。だから分析だけでは足りない。
そこで初めて、人はJudgmentを求められる。
ここでいうJudgmentは、日本語の「判断」や「決断」という言葉だけでは十分には表せない。不確実な未来へ向かって一歩を踏み出し、行動し、学び、修正し続ける連続的・動的な営みである。
創造は、一度の正解によって実現されるものではない。行動し、修正し、その結果として未来に新しい価値が生まれる可能性を高め続けることである。だから、創造において本当に重要なのは、最初から正しい答えを持っていることではない。創造は、成功確率を計算することではなく、行動を通じて成功確率そのものを高め続ける営みなのである。
創造は、知識だけから生まれるものではない。創造は、好奇心から生まれる。今まで存在しなかったものを創り、今まで存在しなかった方法を試してみたいという好奇心が、人を不確実な未来へ踏み出させる。そこには、新しいものに惹かれ、自然に未来へ前傾する姿勢がある。そして、失敗を恐れず、修正を繰り返しながら前へ進む力が求められる。
Judgmentとは、好奇心と意志を行動に変え、結果を引き受けながら修正を続ける力である。
5.MoneyとCapital
創造には、人が必要である。しかし、それだけでは足りない。創造には資本も必要である。資本とは何だろうか。私たちはMoneyとCapitalを同じ意味で使うことが多い。しかし、この二つは本質的に異なる。
Moneyは価値の交換や消費に使われる。消費とは、他者が創った価値を享受する行為である。一方、Capitalは価値創造を支える。Capitalは、未来に新しい価値を生み出そうとする営みを支えるリソースである。
その違いは、MoneyがJudgmentを伴うかどうかにある。Moneyは、創造しようという意志とJudgmentを伴って初めてCapitalとなる。つまり、Capitalとは、未来に新しい価値を生み出そうとするMoneyなのである。
世界にはMoneyが溢れている。しかし、AI、半導体、データセンター、電力、ロボティクスなど、新しい価値を創造しようとする場所では、Capitalが不足している。ここでいうCapitalの不足とは、単なる資金量の不足ではない。不確実性を引き受け、時間をかけて新しい価値の創造を支える資金が不足しているということである。現代は、Moneyは有り余っているが、Capitalは取り合いになっており、Capitalの価値が高まっている。
もしCapitalが希少なのであれば、そのCapitalをどこへ配分するかは、社会にとって極めて重要になる。ここにこそ、資本市場の本質がある。資本市場とは、MoneyをCapitalへ変え、そのCapitalを価値創造へと配分する社会の仕組みなのである。
6.AI時代の資本市場
AIは、InformationとIntelligenceの希少性を大きく低下させ、評価のコストを劇的に引き下げた。しかし、そのことは資本市場を不要にすることを意味しない。むしろ逆である。
評価の希少性が低下するほど、創造の重要性は相対的に高まる。少なくとも現時点では、AIが自ら好奇心や意志を持ち、結果を引き受けながら創造へ向かっているわけではないから、創造とJudgmentの希少性は、評価と同じように直ちに低下するものではない。
社会の発展には、創造が不可欠である。AI時代になっても、創造の希少性は低下しない。そして創造を支えるものはCapitalである。資本市場は、MoneyをCapitalへ変え、そのCapitalを価値創造へと配分する社会の仕組みである。だからこそAI時代には、資本市場が果たす役割が一層重要になる。
AIは資本市場を不要にするのではない。AIは、資本市場の本質を、これまで以上に浮き彫りにしたのである。
7.おわりに
AIが人間社会を大きく変えている。この時代に、資本市場はどう変わっていくべきか。
AI時代に問われるのは、評価をさらに効率化することだけではない。社会にどのような創造が必要かを考え、そこへCapitalを託し、創造が生まれ育つ環境を整えることである。
資本市場は、評価の市場としての機能を保ちながら、創造を支える市場としての役割に、これまで以上にその重心を移していかなければならない。
・・・・以上です。いかがでしたか?こちらは、UTCMR(東京大学応用資本市場研究センター)のコラムとしても発表させていただきました。
