◆先日、都内の某女子大で出張授業を行った際、ひとりの女子学生から質問された。「卒業旅行でフランスに行くことにしているんですが、テロとかが起きてとても不安です。フランス旅行はやめたほうがいいでしょうか?」
シャルリーエブド社への襲撃事件に続き、日本人がイスラム国に拘束され身代金を要求される事件が起きた。彼女が不安になり海外旅行に行くのをためらう気持ちはよく分かる。
◆僕はこう答えた。「あなたがフランスを訪れ、テロなどの事件に巻き込まれないという保証はない。しかし、危険はどこにでもある。仮に旅行に行かないで東京にいたとしても、東京で事故や事件に巻き込まれないという保証もない。確率論で言えば、パリに行ってテロに遭うより、東京で自動車事故に遭う確率のほうが高いだろう。問題は、一生に一度の卒業旅行を取りやめにするという犠牲を払ってまで、避けるべきリスクかということだ。そのリスクがフランス旅行の効用を失うに見合ったものかということである。もし仮にあなたが、シリアに行くというのであれば、絶対にやめろというけれど。」
◆中東の危険地帯で人道支援という崇高な目的のため献身的に働くひとたちがいる。子供たちの医療支援にあたるNPO、難民支援にあたるNPOなどで働くひとたちだ。素直に尊敬する。ジャーナリストはどうだろう。命がけで戦地に赴き、戦争や紛争の悲惨さを世界に伝えたいというジャーナリスト精神は、やはり素晴らしいものだろう。
◆しかし、あえて言いたい。ジャーナリストが今、この状況でシリアに行く必要があるだろうか。実際に人助けにあたる医療支援、難民支援のNPO法人でさえ安全が確保できないとして、シリア国内での活動を中止し、隣国のヨルダンを拠点に活動している。日経新聞の取材に答えたジャーナリストによると、シリア北部は複数の武装組織が入り乱れて交戦し、混沌とした情勢が続き「外国人が安全に行動できる状況ではない」「民間人の姿はほとんど見なかった」という。そこには武装組織同士の争いしかない。そこには伝えるべきジャーナリズムがあるだろうか。
◆命がけでやっていることだから、安全な日本でぬくぬくしている人間にとやかく言われる筋合いはないと彼らは言うかもしれない。しかし、ジャーナリストが拘束され、その身代金がテロ組織の活動費になっているとしたらどうか。リスクが顕在化した場合、社会に与える影響は甚大である。彼らのジャーナリズムは世界が負担するコストに見合っていない。女子大生の卒業旅行とはわけが違うのだ。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆