◆子供の頃、夏休みになるとテレビのワイドショーで「怪奇特集」のような企画が決まって放送されていた。心霊写真にUFO、ツチノコ目撃談などに混ざって河童のミイラなんていうのもよくあった。非科学的なこと極まりないが、いまでもそうした特集は夏のワイドショーの定番であるらしい。

◆小欄ではこれまで「桜桃忌」、「鴎外忌」と取り上げてきた。「河童忌」を無視するわけにもいくまい。今日は芥川龍之介の命日、河童忌である。芥川龍之介の『河童』は人間社会を風刺した晩年の代表作。『河童』の世界は、女が男を追いかけまわすというように一見、人間社会と逆の設定になっている。だが、オートメーションの進化による大量解雇、政党とメディアと企業の馴れ合いなど、描写される河童の世界は現代の人間社会そのものである。

◆そうしたなかにあって、現代社会には存在しない仕組みが河童の世界にはあった。お腹の子に生まれたいかと尋ねるシステムだ。生まれるか否かの選択肢は胎児に委ねられている。現実の世界では、生まれるか否かは無論、胎児には選べない。もっといえば、どの親の子として生まれるか、生まれてくる子に親は選べない。

◆DNA鑑定で血のつながりがないと分かったら、法律上の父子関係を解消できるか。夫婦や元夫婦が争ってきた訴訟の上告審判決で最高裁は「父子でないと科学的に証明されても、法的な父子関係を取り消すことはできない」との判断を下した。生まれてくる子に親は選べないどころか、生まれた後でも親は選べない。現在の法律はそうなっている。

◆「親子」を決めるのは法律か、DNA鑑定という科学か。最高裁の判決を巡って世間の評価は賛否両論。但し民法改正については圧倒的多数が必要だと回答している。なにしろDNA鑑定で血縁を調べる世の中になるということなど想定できない時代に作られた法律である。社会の変化に合わせた法整備が必要であることは言をまたない。ワイドショーでもこの問題は大きな話題となった。そのすぐ後のコーナーが「発見!河童のミイラ?」 さぞや河童も苦笑していることだろう。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆