◆昨日の小欄では、ひとはみな、かんたんに心変わりするが、それは執着心が乏しいからだと述べた。その反対になかなか執着を断ち切れない心情というものもある。投資においては損切りができないのが、その代表例だが投資以外でも損切りができないことは多い。最近の話題ではサッカー日本代表チームのアギーレ監督の解任が挙げられる。

◆スペイン時代の八百長関与疑惑で検察当局から告発されたのが解任理由。実際に関与があったのかはわからないし、選手からもアギーレ監督を惜しむ声があるから、着任以来これまでの指導には一定の成果があったのだろうと思う。問題なのは日本サッカー協会の対応だ。疑惑報道は以前からあったのに、ここまで引っ張った。そのおかげで、後任監督を選ぶにしても6月から始まるW杯予選に間に合うか微妙なタイミングである。間に合ったとしても、新監督にとってはまったく準備期間なし、選手の能力や適性を判断するじゅうぶんな時間もないまま、ぶっつけ本番でW杯予選に臨むことになる。協会の「損切り」が遅れたツケは大きい。

◆反対にスパッと英断を見せたのが日本たばこ産業(JT)だ。9月末をめどに清涼飲料の製造・販売事業から撤退すると発表した。缶コーヒーの「ルーツ」や清涼飲料水「桃の天然水」などを展開してきたが、競争が激しく今後の成長が見込めないと判断した。上場企業全体の業績は過去最高益を更新する見通しだが、業績好調組に多く見られるのは事業の統廃合を成功させた企業だ。いかに不採算部門を「損切り」できるかが復活の鍵となる。

◆損切りが上手にできないのは、行動ファイナンスのプロスペクト理論で説明できる。ひとはプラスの効用よりマイナスの効用のほうを大きく感じる。新たに100万円儲けることより、100万円の含み損が解消するほうをうれしいと感じるのだ。言うまでもないが、プラス100万円という経済効果はどちらも同じである。個人の投資においては、この人間心理の罠を理解して合理的に振る舞うことが肝要である。一方、協会の人事や企業の事業からの撤退は、経済合理性以外にもそれに関わったひとたちの「メンツ」の問題があるから、もっとやっかいである。「メンツ」の問題、つまりは人間の感情の問題である。理性と感情。そのバランスをいかに取るか。それが、すなわち現代社会を生きていく、ということなのだろう。

マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆